借地上に自宅・店舗・事務所などの建物を所有している方が地主から立ち退きを求められた場合、建物の賃貸借と同じように「地代の何か月分」と考えることはできません。借地では、土地を使い続ける権利そのものに経済的価値があり、普通借地権の更新拒絶には正当事由が必要です。
もっとも、借地の立ち退き料には法律で定められた一律の相場や計算式がありません。借地権の種類、契約時期、地主と借地人双方の土地利用の必要性、借地権の価値、建物の時価、移転実費、営業損失などを分けて検討し、最後に交渉条件として調整します。
また、立ち退き料と建物買取請求権は同じものではありません。合意解約、債務不履行による解除、定期借地権の満了では結論が変わるため、無償返還や建物収去に同意する前の確認が重要です。
- 建物所有目的の借地権か、駐車場・資材置場などの土地賃貸かを分ける
- 普通借地権・定期借地権・旧借地法のどれが適用されるかを確認する
- 立退料は借地権価値、建物、移転費、営業損失を分けて検討する
- 建物買取請求権は、更新がない場合に常に使える権利ではない
- 合意書への署名や建物解体の前に、評価額と支払条件を確定する
坂尾陽弁護士
2009年 京都大学法学部卒業
2011年 京都大学法科大学院修了
2011年 司法試験合格
2012年~2016年 森・濱田松本法律事務所所属
2016年~ アイシア法律事務所開業

Contents
借地の立ち退き料を考える前に確認する4つの分岐
借地の立ち退き料は、契約の種類と終了理由を誤ると、相場以前の前提が変わります。まず、次の4つを確認してください。
建物所有目的の借地権か
借地借家法がいう借地権は、建物の所有を目的とする地上権または土地賃借権です。借地人が自宅、店舗、工場、倉庫などを所有するために土地を借りている場合が典型です。
一方、更地を月極駐車場、資材置場、車両置場として借りているだけなら、通常は借地借家法上の借地権ではありません。契約終了や金銭補償の考え方が異なるため、駐車場の立ち退き料と契約終了の注意点も確認してください。
土地を借りていても、建物所有目的がなければ借地借家法上の借地権に当たらないことがあります。契約書の表題より、利用目的と実際の建物所有関係を確認します。
普通借地権か定期借地権か
普通借地権では、期間満了時に建物があり、借地人が更新を求めるなど所定の要件を満たすと、地主が正当事由のある異議を述べない限り更新が問題になります。これに対し、一般定期借地権や事業用定期借地権では、所定の方式による契約で更新や建物買取請求をしない旨が定められていることがあります。
「定期」と書かれているだけで有効とは限らず、期間、利用目的、契約方式、特約の内容を確認する必要があります。事業用定期借地権では公正証書の有無も重要です。
旧借地法の経過措置が問題になるか
長期間続いている借地では、借地借家法施行前に設定された権利について旧借地法の経過措置が問題になることがあります。最初の契約日だけでなく、更新契約、建物の建て替え、相続、借地権譲渡の経過も確認してください。
更新拒絶・合意解約・契約解除・公共事業のどれか
地主が期間満了時に更新を拒絶する場合と、借地人が合意書に署名して契約を終了する場合では、正当事由や建物買取請求権の扱いが異なります。地代滞納や無断譲渡などを理由とする契約解除も別の問題です。
道路事業、土地収用、土地区画整理などによる移転は、私人間の借地契約だけでなく公的な補償制度が関係します。区画整理については区画整理の移転補償と民間の立退料の違い、用地買収については土地収用・用地買収の補償と手続をご覧ください。
| 終了場面 | 主な確認事項 | 金銭面の中心 |
|---|---|---|
| 普通借地権の更新拒絶 | 期間満了、建物の存在、異議、正当事由 | 明渡し条件としての財産上の給付、建物買取請求 |
| 定期借地権の満了 | 契約方式、期間、更新・買取請求をしない特約 | 契約上の解体・原状回復、任意の解決金 |
| 合意解約 | 返還時期、対価、建物の扱い、権利放棄条項 | 借地権返還の対価、建物売買、移転費 |
| 債務不履行による解除 | 地代滞納、無断譲渡、信頼関係破壊の有無 | 立退料や建物買取請求が認められにくくなる可能性 |
| 公共事業・区画整理 | 事業制度、権利申告、補償対象者、契約手続 | 損失補償基準による権利・建物・移転・営業補償 |
借地の立ち退き料に一律の相場がない理由
借地の立ち退き料には、「更地価格の何%」「地代の何か月分」という法定基準はありません。普通借地権の更新拒絶では、地主と借地人双方の事情を比較し、明渡しに伴う不利益を財産上の給付でどこまで調整するかが問題になるからです。
実務上の交渉額は、次の3層に分けて検討すると整理しやすくなります。
借地権を返還する対価
借地権には、長期間土地を使用できること、更新の可能性、地代と市場賃料の差、立地、用途、譲渡・建て替えの制約などから経済的価値が生じます。交渉では、更地価格と借地権割合を参考にすることがありますが、それだけで適正額が決まるわけではありません。
借地権価格を検討するときは、残存期間、普通・定期の別、地代水準、更新料や承諾料の経過、建物用途、土地形状、接道、地域の取引慣行、地主側の正当事由、第三者への譲渡可能性などを総合します。
路線価図の借地権割合は、主として相続税・贈与税の評価に用いる指標です。更地価格にその割合を掛けた金額が、そのまま裁判上の立退料や実際の買取価格になるわけではありません。
建物買取請求権による建物の時価
借地借家法13条の建物買取請求権が成立する場面では、借地人は地主に対し、建物その他土地に適法に附属させた物を時価で買い取るよう請求できます。これは借地権そのものの買取りではなく、建物等の売買を成立させる制度です。
建物の時価は、新築費用や固定資産税評価額と同じとは限りません。築年数、構造、維持管理、用途、収益性、場所との関係などが争点になるため、不動産鑑定や建築評価が必要になることがあります。
借地権返還の対価、建物買取代金、解体費、移転費、営業損失は法的な性質が異なります。総額だけで合意すると、二重計上や権利放棄の範囲が分からなくなるため、内訳を分けてください。
移転実費・建て替え費・営業損失
借地上の自宅や事業所を移転する場合には、引越し、仮住まい、代替地の取得・賃借、設計、建築、設備移設、許認可、広告、休業などの費用が生じます。これらは一律に全額が認められるわけではなく、立ち退きとの因果関係、必要性、金額の合理性を資料で示します。
| 検討項目 | 主な内容 | 資料例 |
|---|---|---|
| 借地権価値 | 土地価格、契約条件、残存期間、地代、利用状況 | 鑑定書、取引事例、契約書、地代改定資料 |
| 建物価値 | 建物・附属設備の時価、修繕状況、収益性 | 登記事項証明書、図面、固定資産資料、建物評価 |
| 移転・再建費 | 引越し、解体、仮住まい、代替地、設計・建築 | 複数の見積書、候補地資料、工程表 |
| 営業損失 | 休業利益、固定費、移転後の減収、顧客告知 | 決算書、確定申告書、月次試算表、売上分析 |
| その他の清算 | 保証金、未払地代、税負担、残置物、登記費用 | 領収書、納税資料、精算書、合意書案 |
普通借地権の更新拒絶には正当事由が必要
普通借地権の期間満了時に建物があり、借地人が更新を求めるか土地の使用を継続している場合、地主が更新を拒絶するには、借地借家法6条の正当事由が必要です。判断では、次の事情を総合します。
- 地主が土地を使用する必要性
自己使用、親族利用、建て替え、一体開発、防災・安全上の必要などを確認します。 - 借地人が土地を使用する必要性
居住年数、家族・通院・介護、営業の立地依存、代替地の有無などを確認します。 - 借地に関する従前の経過
契約締結の事情、更新、地代・更新料、承諾、紛争の経過などを確認します。 - 土地の利用状況
建物の使用実態、空き家・遊休状態、建物の安全性、周辺利用との関係を確認します。 - 財産上の給付の申出
立退料、代替地、借地権・建物の買取りなど、明渡しによる不利益を調整する提案を確認します。
立退料は正当事由の重要な補完要素ですが、金銭の申出だけで更新拒絶が当然に認められるわけではありません。地主側に正当事由の基礎となる事情が乏しく、借地人の利用必要性が極めて高い場合には、高額の申出でも更新拒絶が認められない可能性があります。
最高裁平成6年10月25日判決は、旧借地法の事案で、正当事由を補完する立退料の提供・増額申出について、信義に反する事情がない限り、事実審の口頭弁論終結時までの申出を原則として考慮できるとしました。同事案では2500万円の支払を条件に正当事由が補完されましたが、これは申出時期に関する判断を示した個別事案であり、借地の一般的な相場を示すものではありません。
評価額に争いがある場合は、立退料鑑定の使いどころと交渉での活かし方を参考に、鑑定の目的と前提条件を整理してください。
建物買取請求権が認められる場合と認められない場合
建物買取請求権は、借地上の建物を常に地主へ売却できる権利ではありません。借地契約がどの理由で終了するかを確認する必要があります。
普通借地権が期間満了し、更新がない場合
借地権の存続期間が満了し、契約の更新がないときは、借地人は、地主に対して建物等を時価で買い取るよう請求できるのが原則です。借地人に不利な特約でこの権利を排除することは、普通借地権では制限されています。
ただし、建物買取請求権の行使により何が売買の対象となるか、代金額はいくらか、建物明渡しと代金支払をどの順序で行うかは争いになり得ます。建物所有権移転登記、抵当権、借家人、設備、未払地代なども併せて整理します。
合意解約では権利が当然に残るとは限らない
最高裁昭和29年6月11日判決は、旧借地法の事案で、土地賃貸借を合意解除した借地人について建物買取請求権を否定しました。合意解約では、借地権返還の対価と建物の扱いを合意書に明記しないまま契約を終えると、後から法定の買取請求を主張できない可能性があります。
東京地裁平成27年2月24日判決でも、借地人側が土地賃貸借を終了させる旨を申し入れ、建物解体の手続を進めた事案で合意解約が認定されました。後に借地権の買取りを求めても、当初の話合いで買取りを条件としていなかったことなどが重視されています。
「土地を返します」「建物は取り壊します」と先に約束すると、借地権返還の対価や建物買取請求を後から主張することが難しくなる場合があります。金額、建物、解体、登記、明渡日を一体で合意してください。
定期借地権・債務不履行解除では別の検討が必要
有効な一般定期借地権や事業用定期借地権では、更新や建物買取請求をしないことが契約の前提になっていることがあります。また、重大な地代滞納や無断譲渡などにより契約が解除された場合は、建物買取請求権が認められない可能性が高くなります。
契約終了を争っている間も地代の支払を放置せず、地主が主張する解除理由と事実を分けて確認してください。
借地の立ち退き料を算定する実務的な手順
借地の立ち退き料は、最初から総額を決めて理由を後付けするのではなく、権利・建物・実費を順に評価します。
- 契約類型と終了理由を確定する
普通・定期、旧法・現行法、更新拒絶・合意解約・解除のどれかを整理します。 - 土地の更地価格を調査する
公示地価、基準地価、取引事例、収益性、個別条件を確認し、必要に応じて鑑定を依頼します。 - 借地権の個別条件を評価する
残存期間、地代、更新・承諾の履歴、用途、譲渡性、建替制限、借地人の利用必要性を反映します。 - 建物等の時価を別に評価する
建物買取請求権の成否を確認し、建物、附属設備、借家人の有無、登記・担保を調査します。 - 移転・再建・営業損失を資料化する
代替地、引越し、解体、建築、休業、許認可等の見積りと工程を作ります。 - 重複と清算項目を調整する
建物価値と再建費、解体費、保証金、未払地代、税・登記費用の重複や控除を確認します。 - 正当事由と解決時期を踏まえて提案額を決める
継続利用の可能性、訴訟見通し、支払時期、明渡期限、代替地の提案を含めて条件案にします。
鑑定を依頼する場合は、「借地権価格を知りたい」のか、「正当事由を補完する給付額を検討したい」のか、「建物の時価を算定したい」のかを明確にします。目的が違えば、評価対象と前提も変わります。
地主から立ち退きを求められたときに集める資料
借地は契約期間が長く、契約書や支払資料が散逸していることがあります。書面が全部そろっていなくても、次の資料から契約内容と利用実態を再構成できます。
- 借地契約関係
当初契約書、更新契約書、公正証書、覚書、承諾書、更新料・承諾料の領収書 - 地主からの通知
更新拒絶、解約、解除、立ち退き要請、建替計画、内容証明、メール、面談記録 - 土地・建物資料
土地と建物の登記事項証明書、公図、測量図、建築図面、固定資産税資料、写真 - 地代と契約履行
振込記録、領収書、供託書、地代改定のやり取り、修繕・建替えの承諾資料 - 借地権・建物評価
不動産鑑定、査定書、近隣取引資料、建物評価、解体・移転・再建見積り - 生活・営業上の必要性
居住年数、家族・通院・介護資料、決算書、確定申告書、許認可、顧客・商圏資料
口頭契約の場合も、地代の支払、建物登記、固定資産税、更新時のやり取り、地主の承諾などが証拠になります。契約書がないことだけで借地権が存在しないと決めつけないでください。
借地の立ち退き交渉を進める流れ
通知を受けたら、立ち退きを全面拒否するか、提示額を受け入れるかの二択にしないことが重要です。契約終了の可否と、条件が整った場合の解決案を並行して検討します。
- 通知と回答期限を保存する
到達日、地主、理由、希望明渡日、提示額、建物の扱いを記録します。 - 地代の支払と契約遵守を続ける
交渉中に別の解除理由を作らないよう、支払方法に問題があれば供託を含めて検討します。 - 地主の根拠資料を求める
自己使用・再開発・建替えの計画、資金、工程、代替地、提示額の内訳を確認します。 - 借地権と建物を評価する
複数の査定や鑑定を比較し、前提条件と評価時点を確認します。 - 解決方法を比較する
契約継続、地主による借地権・建物買取り、第三者売却、底地との共同売却、代替地への移転などを検討します。 - 内訳付きの条件案を提示する
借地権返還対価、建物代金、移転費、営業損失、解体費、支払時期、明渡日を分けます。 - 入金と書面を確認してから明け渡す
建物解体、鍵・土地の引渡し、登記、権利放棄は、支払と履行条件を確定してから行います。
交渉方法を整理する際は、立ち退き料を増額する交渉方法と資料も参考にしてください。
合意書に入れる主な条項
| 条項 | 確認内容 |
|---|---|
| 終了原因 | 更新拒絶、合意解約、借地権買取りのどれとして処理するか |
| 金額と内訳 | 借地権返還対価、建物代金、移転費、営業損失、解体費、税の扱い |
| 支払方法 | 前払・同時履行・分割、振込日、遅延時の扱い、担保 |
| 建物の処理 | 地主への売却、借地人による解体、残置設備、借家人対応 |
| 土地の明渡し | 明渡日、境界、整地水準、鍵・書類、検査、危険負担 |
| 登記・清算 | 建物登記、抵当権、地代、保証金、固定資産税、登記費用 |
| 清算条項 | 放棄する権利の範囲、未判明債務、違約時の解除・損害賠償 |
立退料の合意書全般の注意点は、立退料の合意書で押さえる条項で詳しく解説しています。
建物買取請求権や建物売買を検討しているのに、先に建物を解体すると、評価対象や交渉材料を失うおそれがあります。入金、所有権移転、解体義務、明渡しの順序を合意書で定めてください。
借地の立ち退きに関するよくある質問
地主から立ち退きを求められたら拒否できますか
普通借地権の期間満了時の更新拒絶であれば、地主に正当事由がなければ争う余地があります。ただし、定期借地権の満了、借地人の重大な契約違反、すでに成立した合意解約では前提が異なります。拒否の可否は、契約類型と終了理由を確認して判断します。
更地価格に借地権割合を掛ければ相場が出ますか
借地権割合は参考資料の一つですが、それだけで立退料は決まりません。土地の実勢価格、地代、残存期間、更新可能性、用途、譲渡性、地主・借地人の必要性、建物価値などを反映する必要があります。
立退料と建物買取代金を両方請求できますか
法的性質が異なるため、両方が交渉対象になることはあります。しかし、建物買取請求権が成立するか、各項目に重複がないか、正当事由を補完する給付に何が含まれるかを確認する必要があり、単純に全額を合計できるとは限りません。
契約書がなくても借地権を主張できますか
契約書がなくても、地代の支払、建物所有、地主の承諾、長年の利用経過などから借地権が認められる可能性があります。ただし、定期借地権の成立や特約の内容は方式が重要です。支払記録、登記、領収書、手紙、メールを集めてください。
立ち退き料を受け取る前に土地を明け渡してよいですか
原則として、支払条件が確定しないまま先に明け渡すことは避けるべきです。少なくとも合意書で、支払日、明渡日、建物の処理、登記、遅延時の対応を定め、前払または同時履行を検討します。
まとめ
借地の立ち退き料は、建物賃貸借の家賃倍率や、税務上の借地権割合だけで算定できません。契約の種類と終了原因を特定し、借地権価値、建物、移転費、営業損失を分けて評価する必要があります。
- 建物所有目的の借地権か、単なる土地賃貸かを確認する
- 普通・定期、旧法・現行法、更新拒絶・合意解約を区別する
- 借地権割合は参考にとどめ、個別条件を含めて評価する
- 建物買取請求権の成否を確認し、立退料と内訳を分ける
- 入金前に権利放棄、建物解体、土地明渡しを完了しない
地主から通知を受けたら、契約書、登記、地代資料、建物資料、通知書を保存し、まず契約終了が認められる場面かを確認してください。その上で、継続利用と金銭解決の双方を比較し、評価資料に基づいて条件を交渉します。
坂尾陽弁護士
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