立ち退き料の相場には、法律で決められた定額や共通の計算式はありません。賃貸住宅では「家賃の6〜12か月分」、店舗・テナントでは「家賃の2〜3年分」などの数字が目安として紹介されることがありますが、実際の金額は家賃倍率だけでは決まりません。
貸主が退去を求める理由、借主がその物件を使い続ける必要性、建物の状態、これまでの契約経過、移転によって生じる損失を総合して決まります。住宅なら引越し費用や新居の初期費用、店舗なら内装・造作、休業、顧客喪失などを具体的に積み上げることが重要です。
この記事では、借主側が提示額の妥当性を確認できるよう、住宅・店舗別の目安、内訳、計算方法、裁判例、交渉前にそろえる資料を整理します。
- 立ち退き料に法定の一律相場はない
- 家賃の何か月分という数字は検算の目安にすぎない
- 住宅と店舗では補償を検討する費目が大きく異なる
- 合意書へ署名する前に損失と資料を整理する
坂尾陽弁護士
2009年 京都大学法学部卒業
2011年 京都大学法科大学院修了
2011年 司法試験合格
2012年~2016年 森・濱田松本法律事務所所属
2016年~ アイシア法律事務所開業

Contents
立ち退き料の相場はどれくらいか
立ち退き料の目安は、住宅と事業用物件で分けて考える必要があります。一般に語られる数字を整理すると、次のようになります。
| 物件の種類 | よく語られる目安 | 主に確認する内訳 |
|---|---|---|
| 賃貸住宅 | 家賃の6〜12か月分 | 引越し費用、新居の初期費用、差額家賃、個別事情への対応費 |
| 店舗・テナント | 家賃の2〜3年分 | 移転費、内装・造作、差額賃料、休業・営業損失、広告費など |
ただし、この表は請求額や裁判所の認定額を保証するものではありません。正当事由が強ければ目安より低くなることがあり、借主の移転損失が大きければ大幅に高くなることもあります。立ち退き料が出ないケースもあります。
「家賃何か月分」を中心に確認したい方は、立退料は家賃何ヶ月分かを解説する記事も参考にしてください。
家賃倍率は、提示額が極端に低いかを早く確認するための物差しです。最終的な妥当性は、実際に失う費用や利益を項目別に確認して判断します。
立ち退き料が決まる法的な仕組み
普通借家契約で貸主が更新を拒絶したり、解約を申し入れたりする場合は、借地借家法上の正当事由が問題になります。立ち退き料は、この正当事由を補完する事情の一つとして考慮されます。
正当事由の判断では、主に次の事情が総合的に検討されます。
- 貸主と借主が建物を使用する必要性:どちらに、どの程度切実な必要があるか
- 賃貸借の従前の経過:契約期間、更新経緯、交渉経過、賃料の支払い状況など
- 建物の利用状況と現況:老朽化、耐震性、空室状況、建替え計画の具体性など
- 財産上の給付の申出:立ち退き料の金額と、それが借主の不利益をどこまで軽減するか
そのため、立ち退き料を高く提示すれば必ず退去請求が認められるわけではありません。反対に、貸主側の必要性が強く、借主側の不利益が小さい事案では、比較的低額の立ち退き料で正当事由が補完されることがあります。詳しい判断枠組みは、借地借家法の正当事由と立退料の関係をご覧ください。
立ち退き料が出にくいケース
次のような場合は、立ち退き料が当然に発生するとは限りません。
- 有効な定期借家契約が適法に満了する場合
- 長期の賃料滞納や重大な用法違反を理由に解除される場合
- 建物の危険性が高く、速やかな退去の必要が強い場合
- 借主の使用継続の必要性や移転損失が小さい場合
もっとも、上記に当てはまるように見えても、契約の成立要件、通知、違反の程度、建物の危険性を裏付ける資料などによって結論は変わります。ゼロ提示をそのまま受け入れるのではなく、前提を確認することが必要です。
計算は「家賃倍率」と「費目の積み上げ」で行う
立ち退き料の検算では、先に費目を積み上げ、その合計が家賃の何か月分に当たるかを後から確認する方法が実務的です。
家賃倍率で大きく外れていないかを見る
提示額を月額賃料で割れば、家賃何か月分かが分かります。たとえば家賃8万円で提示額48万円なら6か月分、家賃30万円で提示額300万円なら10か月分です。ここで一般的な目安と比べ、低い理由や高い理由を確認します。
移転により生じる費目を積み上げる
検算額の基本形は、移転実費、新規契約費、差額賃料、内装・造作関係費、休業・営業損失、その他の個別損失の合計です。事案によっては、借家権の経済的利益を評価する考え方が用いられることもあります。
費目ごとの考え方と必要資料は、立ち退き費用と立退料の内訳で詳しく整理しています。
重複計上と返還されるお金に注意する
- 敷金・保証金:退去時に返還される部分まで全額を損失として計上しない
- 内装費:既存内装の残存価値と新店舗の工事費を無条件に二重計上しない
- 営業補償:売上全額ではなく、利益、固定費、休業期間、顧客減少の実態を確認する
- 原状回復費:契約上の負担範囲と、建物解体により不要となる工事の扱いを分ける
賃貸住宅の立ち退き料の内訳と計算例
アパートやマンションなどの賃貸住宅では、転居によって実際に増える住居費を中心に積み上げます。
住宅で確認する主な費目
- 引越し費用:運送、梱包、不用品処分、エアコン移設など
- 新居の初期費用:仲介手数料、礼金、保証料、保険料、鍵交換費など
- 差額家賃:同程度の物件へ移ると家賃が上がる場合の一定期間分
- 設備・生活関連費:インターネット移転、駐車場、ペット対応、通勤・通学環境の変更など
- 個別事情:高齢、障害、介護、学区、代替物件の少なさなど
居住用全体の考え方は、賃貸住宅の立ち退き料相場で、代替物件が少なくなりやすい戸建ては、賃貸戸建て・一軒家の立ち退き料相場で詳しく解説します。
計算例:家賃8万円のアパート
次は、考え方を示すための簡易例です。実際の請求額は、見積書や募集物件資料に置き換えて計算します。
| 費目 | 計算の前提 | 金額 |
|---|---|---|
| 引越し・処分費 | 引越し業者と不用品処分の見積り | 15万円 |
| 新規契約費 | 仲介手数料、保証料、保険、鍵交換等 | 18万円 |
| 返還されない一時金 | 礼金等 | 8万円 |
| 差額家賃 | 月2万円の増額×12か月 | 24万円 |
| 合計 | 65万円 | |
この例では、合計65万円は家賃約8.1か月分です。返還予定の敷金は原則として全額を入れず、退去時の控除や追加負担が見込まれる場合に、その根拠を別途整理します。
店舗・テナントの立ち退き料の内訳と計算例
店舗・テナントは、物件と営業の結び付きが強く、住宅より検討項目が多くなります。賃料が同じでも、業種、立地、顧客層、内装、休業期間によって金額は大きく変わります。
店舗で確認する主な費目
- 動産・設備の移転費:什器、厨房機器、在庫、機械、保管費など
- 新店舗の契約・内装費:仲介、礼金、保証料、設計、内装、設備工事など
- 既存の造作・設備の損失:移設できない内装や設備の残存価値
- 差額賃料:同等の立地・広さの代替物件との賃料差
- 休業・営業損失:休業中の利益減、固定費、人件費、顧客減少など
- 広告・許認可・移転雑費:移転告知、看板、ウェブ修正、許認可手続など
- 原状回復と保証金:契約上の負担、解体予定、返還見込みを分けて検討
店舗特有の算定方法や営業資料は、店舗・テナントの立ち退き料相場で詳しく解説します。
計算例:家賃30万円の店舗
| 費目 | 計算の前提 | 金額 |
|---|---|---|
| 移転・保管費 | 什器、在庫、運送、仮倉庫 | 120万円 |
| 新規契約費 | 仲介、礼金、保証料等の実負担 | 180万円 |
| 内装・設備工事 | 代替店舗で必要な工事の見積り | 500万円 |
| 差額賃料 | 月5万円の増額×24か月 | 120万円 |
| 休業・固定費等 | 移転準備を含む2か月分 | 200万円 |
| 広告・顧客減少等 | 移転告知、販促、得意先減少 | 80万円 |
| 合計 | 1,200万円 | |
この例では家賃40か月分に相当しますが、家賃30万円の店舗なら常に1,200万円になるという意味ではありません。内装を再利用できるか、営業利益がどの程度あるか、近隣に代替物件があるか、休業を避けられるかによって大きく増減します。
立ち退き料の相場を上下させる8つの要素
同じ家賃の物件でも立ち退き料が異なるのは、次の要素が組み合わさるためです。
- 貸主が退去を求める理由:自己使用、建替え、耐震、売却、再開発など
- 計画の具体性と緊急性:設計、資金、工期、耐震診断、他の入居者の退去状況など
- 借主の使用継続の必要性:生活基盤、営業拠点、顧客、立地依存性など
- 代替物件の見つけやすさ:賃料、面積、用途、許認可、学区、駐車場など
- 契約期間と従前の経過:長期入居、更新経緯、低廉な現賃料、過去の合意など
- 借主側の契約違反:賃料滞納、無断転貸、重大な用法違反など
- 移転により失う経済的利益:内装、造作、差額賃料、休業、顧客、信用など
- 裏付け資料の具体性:見積書、募集図面、決算書、売上資料、写真、契約書など
特に、貸主側の正当事由が弱く、借主側の使用継続の必要性や移転損失が大きいほど、立ち退き料による補完が重要になります。一方、建物の危険性が高く、具体的な建替え計画があり、借主の移転負担が小さい場合は、低額になる方向に働きます。
裁判例から見る立ち退き料の金額の幅
裁判例は相場表ではありませんが、金額がどの事情によって変わるかを理解する参考になります。
| 裁判例 | 金額 | 判断のポイント |
|---|---|---|
| 東京地裁令和3年12月14日判決 | 27万円 | 賃料・共益費4万5000円の6か月分。築50年以上の木造アパートで貸主の必要性が高い一方、70歳超・長期居住の借主事情も考慮された。 |
| 東京地裁令和3年12月15日判決 | 53万円 | 月額賃料5万3000円の10か月分。耐震指標が著しく低い建物で、居住期間が5年未満だったことなどが考慮された転貸借の事案。 |
| 東京地裁令和元年12月5日判決 | 合計4047万円 | 画廊・事務所の事案。借家権価格2160万円、移転実費619万円、営業損失784万円、開発利益の還元484万円と整理された。 |
| 東京地裁令和4年10月14日判決 | 900万円を下回らない | 約40年間営業した店舗。貸主の申出上限が300万円だったため、正当事由を補完する申出がないとして明渡請求が棄却された。 |
上記の金額を平均したり、家賃倍率だけを別の案件へ当てはめたりすることはできません。建物の状態、使用期間、営業実態、代替物件、貸主の計画、提示額の範囲まで確認する必要があります。
裁判例からも、住宅では家賃数か月分となる事案がある一方、店舗では移転実費や営業上の損失が加わり、数千万円になることが分かります。また、立ち退き料の申出が低すぎると、貸主の明渡請求自体が認められない場合もあります。
提示された立ち退き料を検算する5つの手順
貸主や管理会社から金額を提示されたら、次の順に確認すると整理しやすくなります。
- 契約書と通知書を確認する:普通借家か定期借家か、退去理由、期限、提示条件を確認します。
- 失うものを費目別に一覧化する:住宅と店舗を分け、移転費、初期費用、差額賃料、営業損失等を洗い出します。
- 客観資料を集める:引越し・内装見積り、代替物件の募集資料、決算書、売上台帳、写真などをそろえます。
- 積上げ額と家賃倍率を比較する:実費合計を算出し、提示額が何か月分か、差額の理由は何かを確認します。
- 金額以外の条件も合意書にする:退去日、支払日、原状回復、賃料、保証金、違約金、清算条項を明確にします。
交渉では、希望額だけを伝えるより、各費目と資料を対応させた方が説得力を持たせやすくなります。具体的な伝え方や増額交渉の進め方は、立ち退き料を増額する交渉方法・資料・注意点をご覧ください。
退去条件に納得する前に、明渡合意書や解約合意書へ署名しないことが重要です。交渉中も、自己判断で賃料の支払いを止めたり、無断で退去したりせず、契約関係を適切に維持してください。
民間の立ち退き料と公的な補償金は別制度
大家や不動産会社から退去を求められる民間の立ち退きと、道路・区画整理・土地収用などの公共事業による移転では、適用される制度が異なります。
| 区分 | 主な支払主体 | 金額の考え方 |
|---|---|---|
| 民間賃貸の立ち退き料 | 貸主、建物所有者等 | 正当事由と借主の不利益を踏まえ、交渉又は裁判で個別に判断 |
| 公共事業の補償金 | 国、自治体、事業者等 | 土地収用法や損失補償基準に基づき、対象費目を算定 |
公的な補償基準が民間の立ち退き料を考える際の参考にされることはありますが、同じ基準がそのまま適用されるわけではありません。制度の違いは、立ち退き補償金と立退料の違いで整理しています。通知の差出人が自治体や公共事業者である場合は、土地収用法・用地買収の補償と手続も確認してください。
通知書の差出人、事業名、根拠法令、補償項目の説明があるかを確認します。「立ち退き」という言葉が同じでも、民間交渉と公共補償では手続が異なります。
立ち退き料の相場に関するよくある質問
大家都合なら必ず家賃6か月分ですか
必ず6か月分になるわけではありません。6か月分は住宅で語られることが多い目安の一つです。引越し費用、新居の初期費用、差額家賃、借主の個別事情を積み上げると、これより低くなる場合も高くなる場合もあります。
立ち退き料は必ず受け取れますか
法律上、すべての立ち退きで当然に受け取れるわけではありません。普通借家の正当事由を補完する場面では重要ですが、定期借家の適法な満了、重大な契約違反による解除などでは、立ち退き料が出ないことがあります。
立ち退き料の提示がゼロなら、すぐ拒否すべきですか
まず、契約類型、退去理由、通知時期、建物の状態、契約違反の主張を確認します。その上で、移転損失と資料を整理し、ゼロ提示の根拠を尋ねます。合意書への署名や明渡しを先行させるのは避けてください。
店舗は売上の何か月分を請求できますか
売上だけで機械的に計算することはできません。休業期間中の利益減、継続する固定費、人件費、移転後の顧客減少、広告費などを、決算書や売上台帳と対応させて検討します。売上全額をそのまま損失として請求する考え方ではありません。
立ち退き料はいつ支払ってもらうべきですか
明渡し前又は明渡しと同時に支払う条件とするのが基本です。先に明け渡して後日払いとすると、回収リスクが生じます。支払日、振込先、明渡し確認の方法、支払いがない場合の扱いを合意書に明記します。
まとめ:相場より先に、自分の損失を数字にする
立ち退き料の相場を判断するときは、家賃倍率だけで結論を出さず、正当事由と移転損失の両方を確認することが重要です。
- 立ち退き料に法定の一律相場や共通の計算式はない
- 住宅の6〜12か月分、店舗の2〜3年分は出発点となる目安
- 住宅は引越し・初期費用・差額家賃、店舗は内装・営業損失まで確認する
- 裁判例の金額は事案の事情とセットで見る
- 契約書、見積書、代替物件、決算資料をそろえて合意前に検算する
提示額が相場より低いかどうかだけでなく、退去によって失うものが正しく反映されているかを確認してください。店舗では資料量が多く、住宅でも高齢・学区・戸建てなど個別事情があるため、早い段階で条件を整理するほど交渉しやすくなります。
坂尾陽弁護士
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