賃貸の立ち退き料には、法律で決められた一律の相場や計算式はありません。アパート・マンションなどの居住用賃貸では、家賃の6〜12か月分が一つの粗い目安として紹介されることがありますが、6か月分で足りるケースもあれば、12か月分を超える移転負担が生じるケースもあります。
大切なのは、家賃倍率だけで結論を出さず、普通借家か定期借家か、貸主が退去を求める理由、建替え・取り壊し計画の具体性、借主の生活上の必要性、引越し費用、新居の初期費用、差額家賃を順に確認することです。
この記事では、賃貸住宅の立ち退き料相場の見方、アパート・マンションで確認する内訳、増減する事情、裁判例、提示を受けた後の交渉手順を借主側の視点で整理します。
- 居住用でも立ち退き料の法定相場はない
- 家賃6〜12か月分は検算用の目安にすぎない
- 普通借家と定期借家では退去の前提が異なる
- 引越費・初期費用・差額家賃を資料で積み上げる
坂尾陽弁護士
2009年 京都大学法学部卒業
2011年 京都大学法科大学院修了
2011年 司法試験合格
2012年~2016年 森・濱田松本法律事務所所属
2016年~ アイシア法律事務所開業

Contents
賃貸住宅の立ち退き料相場は家賃6〜12か月分が一つの目安
アパートやマンションの立ち退き料については、家賃の6〜12か月分、6〜20か月分、40万〜100万円程度など、さまざまな目安が示されています。この幅の大きさ自体が、立ち退き料に固定相場がないことを表しています。
実務では、貸主が最初に家賃6か月分前後を提示することがあります。しかし、初回提示額がそのまま適正額とは限りません。新居の家賃が上がる、ペット可物件が少ない、家族の人数に合う部屋が見つからない、高齢や障害のため転居支援が必要といった事情があれば、必要額は増えます。
| 家賃倍率の見方 | 確認すべきこと |
|---|---|
| 6か月分前後 | 引越し費用と新居初期費用だけでも不足しないかを確認する |
| 6〜12か月分 | 差額家賃、設備移設、家族事情を含めた実費と照合する |
| 12か月分超 | 代替物件の少なさ、長期の家賃差額、生活上の不利益に根拠があるかを整理する |
提示額が家賃の何か月分かを計算する方法は、立退料は家賃何ヶ月分かを解説する記事で詳しく整理しています。
アパートとマンションで相場が自動的に分かれるわけではない
建物の名称がアパートかマンションかだけで、立ち退き料が決まるわけではありません。構造、築年数、耐震性、家賃、間取り、立地、代替物件、建替え計画、借主の居住事情を個別に確認します。
たとえば、家賃が低い古いアパートでも、同じ地域に同程度の家賃で住める物件がなければ、差額家賃の負担が大きくなります。一方、マンションでも代替物件が豊富で、貸主側の建替えの必要性が強く、借主の移転負担が小さければ、金額が抑えられることがあります。
家賃倍率は、提示額が極端に低くないかを早く見るための物差しです。最終的な妥当性は、実際の移転費用と正当事由を照らして判断します。
最初に普通借家か定期借家かを確認する
賃貸住宅で立ち退きを求められたときは、契約書の名称だけでなく、契約の内容と成立手続を確認します。普通借家と定期借家では、契約終了のルールが異なるためです。
| 契約類型 | 貸主から退去を求める場合の基本 | 立ち退き料との関係 |
|---|---|---|
| 普通借家 | 更新拒絶または解約申入れには、通知に加えて正当事由が必要 | 正当事由を補完する事情として問題になりやすい |
| 定期借家 | 適法に成立していれば、原則として期間満了で終了する | 普通借家と同じ意味で当然に必要になるわけではない |
普通借家の期間満了による更新拒絶では、貸主から期間満了の1年前から6か月前までに通知がされているかが問題になります。期間の定めがない普通借家の解約申入れでは、申入れから6か月の経過に加えて正当事由が必要です。
正当事由は、貸主と借主が建物を必要とする事情、賃貸借の経過、建物の利用状況・現況、立ち退き料の申出などを総合して判断します。詳しい判断枠組みは、借地借家法の正当事由と立退料の関係をご確認ください。
定期借家でも、契約期間が1年以上の場合の終了通知、契約締結時の書面説明など、法律上の要件が問題になることがあります。「定期借家」と書かれているだけで直ちに有効と決めつけず、契約書と説明書面を確認してください。
普通借家から定期借家への切替えや、退去日だけを決める合意書への署名を求められても、その場で署名する必要はありません。立ち退き料、支払時期、原状回復、敷金返還を含めて確認してください。
アパート・マンションの立ち退き料で確認する内訳
居住用賃貸の立ち退き料は、転居によって新たに生じる負担を項目別に整理すると検算しやすくなります。総額だけでなく、各費目の根拠資料をそろえることが重要です。
| 費目 | 具体例 | 主な資料 |
|---|---|---|
| 引越し・処分費 | 運送、梱包、不用品処分、繁忙期加算、荷造り支援 | 引越業者・処分業者の見積書 |
| 新居の契約費用 | 礼金、仲介手数料、保証料、保険料、鍵交換費 | 募集図面、初期費用明細 |
| 差額家賃 | 現在の家賃と同等物件の家賃との差額 | 複数の募集物件、賃料比較表 |
| 設備・生活移転費 | エアコン、インターネット、電話、駐車場、駐輪場 | 工事見積、解約・再契約費用 |
| 個別事情への対応費 | 介護、障害、通学、通院、ペット対応、保証人確保 | 条件に合う物件資料、必要費用の見積 |
| 原状回復・敷金精算 | 修繕負担、敷金返還、未払賃料等の精算 | 契約書、入退去時写真、精算書 |
立ち退き料の費目と資料をさらに細かく確認する場合は、立ち退き費用と立退料の内訳も参考にしてください。
返還される敷金をそのまま損失へ入れない
新居で敷金を預ける必要があっても、退去時に返還される性質の金額を全額損失として扱えるとは限りません。これに対し、礼金、仲介手数料、保証会社費用など返還されない負担は、移転による実費として整理しやすい項目です。
現在の住居の敷金返還も、立ち退き料とは別に精算するのが基本です。提示された「一式○万円」に敷金返還額が含まれているのか、別途返還されるのかを確認してください。
差額家賃は期間と比較条件を明確にする
差額家賃は、現在と同程度の広さ、設備、駅距離、学区、駐車場、ペット可などの条件をそろえ、複数の募集物件から比較します。何年間分を対象にするかに一律の法定基準はないため、転居の不随意性、現在の家賃が低い理由、地域の賃料差を踏まえて説明します。
原状回復費と立ち退き料を混同しない
通常損耗や経年変化は、原則として借主の原状回復義務の対象外ですが、故意・過失による損傷や有効な特約があれば別の検討が必要です。建物を解体する予定でも、原状回復義務が自動的に消えるとは限りません。
そのため、合意書では、通常の退去時と同じ原状回復を求めるのか、修繕・清掃・残置物撤去をどこまで免除するのかを具体的に定めます。
立ち退き料が高くなる事情・低くなる事情
居住用賃貸の立ち退き料は、借主の費用だけでなく、貸主の正当事由の強さとの関係で決まります。代表的な増減要素は次のとおりです。
- 貸主が退去を求める理由:
自己使用、耐震上の危険、具体的な建替えと、単なる収益改善・売却希望では重みが異なります。 - 建替え・取り壊し計画の具体性:
設計、資金、工期、許認可、他の入居者の退去状況、補修との比較を確認します。 - 借主の生活上の必要性:
長期居住、高齢、障害、介護、子どもの学区、通勤・通院、地域との結び付きが影響します。 - 代替物件の見つけやすさ:
同程度の家賃・広さ・設備の物件が少ないほど、移転負担を説明しやすくなります。 - 現在の賃料と周辺相場の差:
長期入居で家賃が低い場合、新居との家賃差が大きくなることがあります。 - 賃貸借の経過:
入居期間、更新時の合意、貸主の説明、交渉経過、賃料支払状況などを確認します。 - 借主側の契約違反:
賃料滞納や重大な用法違反があると、立ち退き料を前提としない解除が問題になることがあります。
貸主側の必要性が弱く、借主側の生活上の必要性や移転負担が大きいほど、金銭による補完の重要性は高くなります。反対に、建物の危険性が客観的資料で裏付けられ、計画が具体的で、借主の移転負担が小さい場合は、金額が低くなる方向に働きます。
建替え・取り壊しなど退去理由別の確認ポイント
老朽化・耐震不足を理由にされた場合
築年数が古いというだけで、直ちに立ち退きが認められるわけではありません。耐震診断、構造上の危険、補修方法と費用、居住したまま工事できるか、建物全体の利用状況などを確認します。
危険性が高いほど貸主側の必要性は強くなりますが、借主が転居に要する費用や生活上の不利益がなくなるわけではありません。危険性と補償の必要性を分けて検討します。
建替え・マンション取り壊しを理由にされた場合
建替えの目的、計画図、資金調達、着工予定、他の入居者との調整状況を確認します。将来の構想にとどまり、実施時期や資金が不明な場合は、貸主側の必要性の評価が変わることがあります。
マンション全体の建替え・取り壊しでも、借主との普通借家契約が当然に終了するとは限りません。所有者間の決議や建替え計画と、個々の賃貸借契約の終了は分けて確認します。
貸主の自己使用・売却を理由にされた場合
貸主や家族が自ら住む必要性は正当事由の重要な要素ですが、他に住居があるか、なぜその部屋が必要かなど、具体性が検討されます。第三者へ高く売却したい、空室にして収益性を上げたいという事情だけで、借主の必要性を当然に上回るわけではありません。
高齢・障害・子育てなど借主側の事情がある場合
高齢で審査が通りにくい、バリアフリー物件が必要、介護サービスや通院先を変えにくい、学区を維持したい、ペット可物件が少ないといった事情は、抽象的に伝えるだけでなく、実際に探した物件と必要費用で示します。
候補物件が見つからなかった記録も交渉材料です。検索条件、問い合わせ日、断られた理由、初期費用、家賃を一覧にして残してください。
計算例|家賃8万円のアパートから転居する場合
次は、立ち退き料の内訳を整理するための仮想例です。実際の請求額や裁判所の認定額を示すものではありません。
| 項目 | 計算の前提 | 試算額 |
|---|---|---|
| 引越し・処分費 | 家族世帯の運送、梱包、不用品処分 | 16万円 |
| 返還されない新居初期費用 | 礼金、仲介手数料、保証料、保険、鍵交換 | 23万円 |
| 差額家賃 | 現家賃8万円、新家賃10万円、差額2万円×24か月 | 48万円 |
| 設備・生活移転費 | エアコン、通信、駐車場切替等 | 7万円 |
| 小計 | 94万円 | |
小計94万円は、現家賃8万円の約11.8か月分です。ただし、差額家賃を24か月分とすることは法定基準ではありません。12か月分で計算すれば小計は70万円となり、約8.8か月分です。どの期間が合理的かは、現在の賃料が低い経緯、代替物件の状況、交渉条件などで変わります。
また、新居で預ける敷金や現在の敷金返還予定額は別に整理し、同じ費用を重複して計上しないようにします。相場全体の考え方は、立ち退き料の相場・内訳・計算方法の総合解説でも確認できます。
裁判例から見る賃貸住宅の立ち退き料
裁判例の金額は、一般的な相場表ではありません。貸主と借主の必要性、建物の危険性、居住期間、代替物件、従前の合意などが異なるため、金額と一緒に判断理由を確認します。
| 裁判例 | 立ち退き料 | 主な事情 |
|---|---|---|
| 東京地裁令和3年12月14日判決 | 27万円 | 賃料・共益費4万5000円の6か月分。築50年以上の木造アパートで倒壊懸念があり、入居者は借主のみ。借主は70歳超で長期居住だったが、過去の「更新は今回限り」とする合意等も考慮された。 |
| 東京地裁令和3年12月15日判決 | 53万円 | 月額賃料5万3000円の10か月分。耐震指標が著しく低く、居住期間が5年未満で、近隣に同程度の物件があることなどが考慮された。もっとも、訴えた側が建物所有者本人ではなく転貸事業者である点も判断に影響した。 |
上記2件だけでも、家賃6か月分と10か月分に分かれています。さらに、別の事案では、借主の生活上の必要性や代替物件の少なさから、これを上回る金額が必要になることもあります。裁判例の倍率をそのまま自分の事案へ当てはめず、共通する事情と異なる事情を分けてください。
同じ家賃でも、建物の危険性、貸主の計画、借主の年齢・健康・家族構成、代替物件によって結論は変わります。
貸主から立ち退き料を提示された後の交渉手順
立ち退き通知を受けても、口頭で直ちに承諾する必要はありません。次の順番で事実と金額を整理します。
- 退去理由と希望日を書面で確認する:
建替え、老朽化、自己使用、売却などの理由と、予定時期を確認します。 - 契約書と通知を確認する:
普通借家・定期借家、契約期間、更新条項、通知日、原状回復条項を整理します。 - 家賃の支払いを続ける:
争いがあっても、賃料滞納を新たな解除理由にされないよう注意します。 - 代替物件と移転費用を調べる:
募集図面、初期費用明細、引越見積、設備工事見積を集めます。 - 立ち退き料の内訳を提示する:
家賃倍率だけでなく、費目・計算式・資料を対応させて提案します。 - 金額と退去条件を合意書にする:
支払日、明渡日、敷金、原状回復、賃料、残置物を一体で定めます。
合意書で確認する項目
- 立ち退き料の金額と支払時期:明渡し前の前払いや、鍵の引渡しとの同時履行にするか
- 退去日と延長条件:新居や工事の都合で遅れる場合の扱い
- 退去までの賃料:通常どおり支払うか、一定期間免除するか
- 敷金・保証金:立ち退き料と別に、いつ、いくら返還するか
- 原状回復:清掃、修繕、撤去、残置をどこまで求めるか
- 支払われない場合の扱い:合意解除、明渡義務、違約金をどうするか
特に、立ち退き料を明渡し後に支払うだけの内容では、退去後に回収できないリスクがあります。支払いと鍵の引渡しを同時にする、一定額を前払いにするなど、実行可能な条件を検討してください。
賃貸住宅の立ち退き料に関するよくある質問
家賃6か月分を提示されたら承諾すべきですか?
家賃6か月分は一つの目安ですが、承諾すべきかは別問題です。引越し、新居初期費用、差額家賃、設備移設を計算し、提示額で実際に転居できるかを確認してください。
大家都合なら立ち退き料を必ずもらえますか?
必ずではありません。有効な定期借家の期間満了、重大な賃料滞納による解除、建物の危険性が極めて高い場合などは、立ち退き料を前提としない結論になることがあります。ただし、貸主が「大家都合だから退去してほしい」と言うだけで当然に契約が終わるわけでもありません。
立ち退きを拒否できますか?
普通借家では、通知を受けただけで直ちに退去義務が確定するとは限りません。正当事由や通知の有効性を確認し、条件が整うまで合意しないという対応は考えられます。ただし、感情的に拒否するのではなく、家賃を支払いながら書面で交渉してください。
立ち退き料は退去後に受け取ればよいですか?
退去後払いだけでは未払いのリスクがあります。全額または一部を前払いとする、残額を鍵の引渡しと同時に支払うなど、合意書で安全な支払方法を定めることが重要です。
賃貸戸建てでも考え方は同じですか?
基本的な法的枠組みは共通ですが、戸建ては庭、駐車場、広さ、学区、ペットなどの条件がそろう代替物件が少ないことがあります。詳しくは、賃貸戸建て・一軒家の立ち退き料相場をご確認ください。
立ち退き通知後も家賃を支払う必要がありますか?
原則として、契約が続き、建物を使用している間は家賃の支払いを続けます。貸主が受領を拒否する場合は、供託などの対応が必要になることがあるため、放置しないでください。
まとめ|賃貸の立ち退き料は家賃倍率と実際の転居費を照合する
賃貸の立ち退き料相場は、アパート・マンションを問わず一律ではありません。家賃6〜12か月分という目安は入口にすぎず、契約類型、正当事由、建替え・取り壊しの必要性、借主の生活事情、代替物件、実際の転居費用を合わせて検討します。
- 普通借家か定期借家かを最初に確認する
- 家賃倍率だけでなく移転費を項目別に計算する
- 敷金返還と原状回復を立ち退き料から分ける
- 借主の生活事情は物件資料と費用で示す
- 支払時期と退去条件を合意書へ明記する
提示額に返答する前に、契約書、通知書、現在の賃料、候補物件、引越見積を一式にしてください。数字と資料をそろえることで、必要な金額だけでなく、退去可能な時期や原状回復条件も具体的に交渉できます。
坂尾陽弁護士
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賃貸住宅の提示額を検討するときは、相場全体、家賃月数、費目、正当事由を併せて確認すると整理しやすくなります。
