貸主や管理会社から立退料の合意書(退去合意書)を示されると、「金額は書かれているから署名してよいのか」「いつ立退料を受け取り、いつ鍵を返せばよいのか」と迷う借主は少なくありません。
立退料の合意書は、退去の意思だけを確認する書面ではありません。賃貸借契約をいつ終了させるか、いつ建物を明け渡すか、立退料をいくら・いつ・どのように支払うか、敷金や原状回復をどう精算するかを確定する契約書です。署名後に「金額が低かった」「支払が明渡し後だと気付かなかった」という理由だけで内容を変えることは容易ではありません。
この記事では、主に貸主側の事情で退去を求められた建物の借主を対象に、立退料合意書で押さえる条項、不利になりやすい文言、支払と明渡しの順序、敷金・原状回復、確認用のひな形を解説します。合意に至る前の全体手順は、立ち退き料を請求する方法と流れも参考にしてください。
- 契約終了日と明渡日を分けて確認する
- 立退料の金額だけでなく、入金期限と支払条件を決める
- 鍵の返還より後に支払う条項は、未払いリスクを検討する
- 敷金・原状回復・残置物を立退料と分けて書く
- 清算条項は、未払いの立退料まで放棄しない文言にする
坂尾陽弁護士
2009年 京都大学法学部卒業
2011年 京都大学法科大学院修了
2011年 司法試験合格
2012年~2016年 森・濱田松本法律事務所所属
2016年~ アイシア法律事務所開業

Contents
立退料の合意書(退去合意書)とは
立退料の合意書とは、貸主と借主が、賃貸借契約の終了、建物の明渡し、立退料その他の精算条件について合意した内容を書面にしたものです。「退去合意書」「明渡合意書」「合意解約書」「立退きに関する覚書」などの表題が使われますが、表題だけで効力が決まるわけではありません。
民法上、契約は原則として当事者の意思表示が合致すれば成立し、法令に特別の定めがなければ書面の作成は成立要件ではありません。そのため、正式な合意書へ署名する前でも、メール、録音、面談時の発言、その後の引越し準備などから、合意の有無が争われることがあります。書面は、合意を初めて成立させる場合だけでなく、既に成立した合意内容を確認する場合にも使われます。
| 書面 | 主な段階 | 借主が確認する点 |
|---|---|---|
| 立ち退き通知書 | 貸主が退去を求める段階 | 通知だけで退去へ合意したことにはならない |
| 請求書・回答書 | 条件を交渉する段階 | 金額や明渡日は提案であり、未合意事項を明確にする |
| 立退料合意書 | 条件がまとまった段階 | 契約終了、支払、明渡し、精算の義務が確定する |
| 和解調書 | 裁判所の手続で合意する段階 | 確定判決と同様の効力を持つため、履行条件を厳密に確認する |
東京地裁平成27年2月24日判決は借地の事案ですが、当日の具体的な会話と、その後に借主側が解体業者との契約や届出を進めた経過などから、後日予定されていた合意書は確認的な書面にすぎず、先の面談時に合意解約が成立したと判断しました。建物賃貸借とは事案が異なるものの、「署名していないから何も決まっていない」とは限らないことを示す例です。
立退料の提示と支払義務は別です
交渉中に貸主が「立退料として300万円を検討する」と述べただけでは、いつでも確定した支払義務が生じるとは限りません。最終的な合意書では、金額、支払期限、振込先、振込手数料、支払の条件を明記し、貸主の義務として確定させます。
立退料の金額自体が未確定なら、先に退去日だけを確定する合意書へ署名するのは慎重に判断してください。金額の考え方は、立ち退き料の相場と計算方法や、立ち退き費用の内訳と資料の作り方で確認できます。
貸主都合の合意解約と契約違反による解除を区別する
この記事が主に想定するのは、建て替え、取り壊し、自己使用など、貸主側の事情で退去を求められ、立退料を条件に合意解約する場面です。家賃滞納、無断転貸、重大な用法違反などを理由とする解除では、立退料を正当事由の補完として扱う場面とは前提が異なります。
貸主都合の普通借家では、合意前に借地借家法上の正当事由と立退料の関係を確認し、退去へ同意することによって手放す主張や交渉余地を把握しておく必要があります。
立退料合意書に記載すべき条項一覧
立退料合意書では、立退料の金額だけでなく、契約終了から明渡し後の精算までを一つの流れとして定めます。借主側では、少なくとも次の項目を確認します。
| 条項 | 確認する内容 | 借主側の注意点 |
|---|---|---|
| 当事者・物件 | 貸主、借主、対象建物、元の契約 | 管理会社が署名する場合は代理権を確認する |
| 合意解約 | 終了日、終了原因、終了までの使用関係 | 署名日と終了日を混同しない |
| 明渡し | 期限、鍵、立会い、明渡完了の基準 | 「貸主が満足した時」など主観的条件を避ける |
| 立退料 | 金額、支払日、方法、振込手数料 | 明渡しより後払いなら回収リスクを検討する |
| 賃料等 | 明渡日までの賃料、共益費、光熱費 | 契約終了後の金銭の名目と金額を明確にする |
| 敷金・保証金 | 返還額、控除項目、返還日 | 立退料に含めず別項目にする |
| 原状回復 | 免除範囲、撤去物、修繕、造作 | 取り壊し予定でも自動免除とは限らない |
| 残置物 | 所有権放棄、処分対象、処分費 | 必要物まで一括放棄しない |
| 不履行 | 遅延損害金、違約金、期限延期、解除 | 借主だけに過大な負担がないか確認する |
| 清算・署名 | 追加請求の有無、作成部数、権限 | 未履行債務まで消滅させない |
当事者・元の賃貸借契約・物件を特定する
貸主と借主の氏名・名称・住所、法人の場合は代表者名を記載し、どの賃貸借契約を終了させるのかを契約日と対象物件で特定します。部屋番号、区画、倉庫、駐車区画、看板スペースなど、利用部分が複数ある場合は漏れがないようにします。
- 管理会社が窓口の場合:
管理会社が貸主本人ではないときは、合意締結と立退料支払についての代理権を確認します。 - 共有物件の場合:
共有者の一部だけが署名していないか、賃貸人の地位を誰が有するかを確認します。 - 借主が複数の場合:
契約名義人全員、法人の代表者、共同事業者など、明渡義務に関係する者を整理します。
合意解約日と明渡日を区別する
合意書には「本日、賃貸借契約を合意解除する」と「○月○日限り賃貸借契約を終了する」という異なる書き方があります。署名日と契約終了日が同じで、実際の明渡しが数か月後なら、その間に借主が何の権原で使用するのか、賃料なのか使用損害金なのか、修繕義務や保険はどう扱うのかが曖昧になりやすくなります。
借主が移転準備のため明渡日まで使用を続ける場合は、契約終了日を明渡日とそろえるのか、先に終了させて明渡猶予を定めるのかを決め、その期間の使用条件を明記します。どちらが適切かは、滞納の有無、保証契約、保険、事業継続などによって変わります。
明渡期限と「明渡し完了」の基準を決める
明渡日は年月日だけでなく、必要に応じて時刻、立会場所、鍵の引渡方法も定めます。住宅では荷物の搬出と鍵返還、店舗では商品・設備・看板・厨房機器・廃棄物の搬出、従業員や転借人の退去まで確認が必要です。
「原状回復が完了し、貸主が承認した時を明渡しとする」とだけ書くと、貸主の判断で明渡完了が先延ばしになるおそれがあります。借主側では、明渡完了の客観的な条件と、立会いで指摘事項が出た場合の処理を具体化します。
立退料の金額・支払期限・支払方法を確定する
「立退料として相当額を支払う」「明渡し後に別途協議する」という文言では、金額や期限が確定しません。原則として総額を数字で示し、消費税その他の税務処理を含むか、振込手数料を誰が負担するか、指定口座への着金をもって支払完了とするかを定めます。
店舗・事務所では、立退料の中に移転費、内装・造作、休業損失、広告費、賃料差額などのどの費目を含めたのかを別紙で整理する方法があります。費目を明示すると、後の税務・会計処理や清算条項の範囲も確認しやすくなります。
敷金・保証金と立退料を別々に記載する
敷金・保証金は、未払賃料や借主が負担すべき損害等を担保する金銭であり、立退料とは役割が異なります。「立退料500万円(敷金を含む)」とまとめると、純粋な立退料がいくらか、敷金から何が控除されたか分からなくなります。
合意書には、立退料、敷金返還額、保証金償却、未払賃料、原状回復費の見込額を分けて記載します。詳しくは、立退料と敷金・原状回復の注意点を確認してください。
原状回復・造作・残置物の処理を具体化する
貸主が建物を取り壊す予定でも、既存契約の原状回復条項が当然に消えるとは限りません。原状回復を全部免除するのか、一部の設備だけ撤去するのか、借主が設置した造作を残すのかを合意書で明記します。
- 住宅:エアコン、照明、家具、粗大ごみ、通常損耗、清掃費、鍵交換費を確認する
- 店舗・事務所:内装、間仕切り、看板、厨房設備、配管、電気容量、リース品、廃棄物を確認する
- 残置を認める物:品目と数量を写真・別紙で特定し、処分費の負担を決める
- 持ち出す物:借主所有物、リース会社所有物、仕入先の預り品を区別する
違約金・遅延損害金・期限変更のルールを双方について決める
明渡しが遅れた場合の損害金だけでなく、貸主が立退料を支払わなかった場合、振込が遅れた場合、建替工事の予定が変わった場合の扱いも確認します。借主だけに高額な違約金を課し、貸主の不払いには何も定めない条項は、交渉の公平性と履行確保の観点から見直す余地があります。
違約金の額だけでなく、支払遅延時に明渡期限を延期できるのか、合意を解除できるのか、遅延損害金だけを請求するのかを定めます。個別事案で法的効果が異なるため、重要な案件では条項案を弁護士に確認してもらう方が安全です。
清算条項の範囲と効力発生時期を限定する
清算条項は、「本合意書に定めるほか、当事者間に何らの債権債務がない」と確認する条項です。紛争を終わらせるために重要ですが、立退料や敷金が未払いの段階で広い清算条項が効くと、後の請求をめぐる争いが生じます。
「借主は貸主に対する一切の請求を放棄する」とだけ書かれている場合は、立退料、敷金、未精算費用、本合意書に基づく違約金まで含むのかを確認してください。少なくとも、本合意書に定めた未履行債務を清算対象から除外するか、双方の履行完了を条件に清算条項が効く構成を検討します。
立退料はいつもらう?支払と明渡しの順序
立退料を受け取る時期に一律の法定ルールがあるわけではなく、合意書で決めます。借主側では、先に無条件で鍵を返し、数週間後に貸主が任意に支払う構成を避け、支払と明渡しが確実に連動するようにします。
| 方法 | 借主側の特徴 | 主な確認事項 |
|---|---|---|
| 全額先払い | 未払いリスクを抑えやすい | 入金後の明渡期限、貸主側の返還請求条件 |
| 一部先払い・残額同時 | 移転資金と履行確保を両立しやすい | 手付・内金の性質、残額着金と鍵返還の手順 |
| 明渡し後払い | 借主の回収リスクが高くなりやすい | 支払期限、支払条件、担保、相殺禁止、違約時の対応 |
一部先払いと残額の同日決済
引越し代や新物件の初期費用が必要なら、合意締結後に一部を先払いし、残額を明渡日に支払う方法があります。明渡日には、貸主が残額を振り込み、借主が着金を確認し、双方が室内を確認した後に鍵を引き渡す流れを決めておくと実務が進めやすくなります。
振込予約画面や送金受付票は、着金そのものとは異なります。合意書では「振込手続をした時」ではなく、借主の指定口座に入金された時を支払完了とするかを確認します。金融機関休業日をまたぐ場合は、前営業日までの支払にするなど、日付のずれも処理します。
明渡し後の検査を支払条件にするとき
貸主が「明渡し完了を確認してから支払う」と求める場合は、確認項目、立会日時、支払期限を客観的に定めます。「貸主が原状回復に問題がないと認めた後」「貸主の損害額が確定した後」など、貸主の判断だけで支払時期が延びる文言は借主に不利になりやすいでしょう。
貸主が後から主張する原状回復費、違約金、賃料相当損害金を、立退料から自由に差し引ける条項があると、合意した金額を受け取れないことがあります。控除を認める項目と上限を特定し、それ以外は双方の合意なく相殺しない条項を検討してください。
決済当日の手順を合意書又は別紙で決める
- 室内確認:
搬出、残置物、原状回復免除部分、メーター、写真を確認する - 金銭確認:
立退料残額、敷金返還、日割賃料、光熱費等の精算額を確認する - 入金確認:
借主の口座で着金を確認し、必要に応じて受領書を交付する - 鍵・資料の引渡し:
鍵、カード、リモコン、設備説明書などを一覧で引き渡す - 明渡確認書:
明渡日時、受領物、未処理事項を記載し、双方が保管する
公正証書と訴え提起前の和解は効力が異なる
当事者間の合意書を公正証書にする方法もあります。ただし、民事執行法22条が執行証書として定める公正証書は、一定額の金銭支払などを目的とする請求が対象です。強制執行認諾文言のある公正証書でも、建物明渡しそのものについて直ちに強制執行できるとは限りません。
明渡しを含む合意に債務名義としての効力を持たせる必要がある場合は、簡易裁判所の訴え提起前の和解(即決和解)や、訴訟上の和解を検討することがあります。手続に時間を要するため、明渡日や支払日を先に固定しすぎないことも重要です。
借主に不利になりやすい立退料合意書の条項
貸主側が作成したひな形は、貸主の明渡し確保を優先している場合があります。次のような文言があれば、なぜ必要か、借主側の義務と釣り合っているかを確認してください。
- 退去だけを先に無条件で確定する条項:
立退料の金額・支払条件が未確定なのに、明渡日だけが確定している - 貸主の判断で支払を延期できる条項:
「貸主が適切と認めた後」「損害額確定後」など期限が客観的でない - 立退料を自由に減額できる条項:
原状回復費その他一切の債権を貸主が一方的に控除できる - 借主だけに過大な違約金を課す条項:
一日の遅れで立退料全額を失い、さらに高額な損害金を負担する - 広すぎる原状回復条項:
建物を新築時の状態に戻す、通常損耗を含め全交換するなど範囲が不明確である - 残置物を一括放棄する条項:
リース品、重要書類、商品、私物まで特定せず所有権を放棄する - 先に一切の権利を放棄する清算条項:
貸主が立退料を支払う前から、借主の請求だけが消滅する - 管理会社の権限が不明な条項:
貸主本人の署名・委任状がなく、支払義務を誰が負うか分からない
空欄や別途協議を残しすぎない
金額、日付、対象物、控除項目に空欄がある状態で署名しないようにします。「その他は別途協議する」という条項を使う場合も、少なくとも退去・支払・敷金・原状回復という主要条件は合意書内で確定させます。
秘密保持条項は必要な範囲に限定する
立退料の金額や交渉内容について秘密保持を求められることがあります。家族、従業員、税理士、弁護士、行政機関、裁判所、金融機関への必要な相談・報告まで禁止していないか、違反時の違約金が過大でないかを確認します。
すぐ署名しないと提示を撤回すると言われた場合
期限付きの提案自体が直ちに違法とは限りませんが、内容を検討する合理的な時間もないまま署名すると、見落としが生じます。最新版の合意書データを受け取り、修正履歴を比較し、少なくとも支払・明渡し・清算条項を確認してから回答します。交渉の進め方は、立退料の交渉・増額も参考にしてください。
立退料合意書のひな形|借主側の確認用サンプル
以下は、条項の抜け漏れを確認するための一般的なサンプルです。個別の契約、滞納、原状回復、事業設備、税務、保証人、借地などにそのまま使える完成書式ではありません。甲を貸主、乙を借主とする例であり、実際には物件と合意内容に合わせて修正してください。
前文・対象契約
賃貸人○○(以下「甲」という。)と賃借人○○(以下「乙」という。)は、甲乙間の令和○年○月○日付建物賃貸借契約(対象物件:○○。以下「本件契約」という。)について、次のとおり合意する。
第1条(合意解約)
甲及び乙は、本件契約を令和○年○月○日限り合意により終了させる。乙は同日まで本件建物を従前の用途で使用でき、同日までの賃料その他の負担は第5条のとおりとする。
契約終了日を署名日とする場合は、明渡日までの使用許可、金銭負担、修繕、保険、事故時の責任を別途定めます。
第2条(明渡し)
乙は、令和○年○月○日○時までに、別紙記載の残置を認める物を除き、乙の所有物を搬出し、鍵○本その他の貸与物を甲へ引き渡して本件建物を明け渡す。甲乙は、同日に室内確認を行い、明渡確認書を作成する。
第3条(立退料)
甲は乙に対し、本件契約の終了及び本件建物の明渡しに伴う立退料として金○円を支払う。甲は、うち金○円を令和○年○月○日までに、残額金○円を前条の鍵等の引渡しと同日に、乙指定口座へ振り込んで支払う。振込手数料は甲の負担とし、乙の口座への着金をもって支払完了とする。
全額先払い又は全額同日払いとする場合は、その内容に合わせます。税務上の区分や源泉徴収の有無に争いがあり得るときは、手取り額だけで合意せず、専門家へ確認します。
第4条(支払と明渡しの関係)
甲乙は、立退料残額の支払と鍵等の引渡しを同日に行う。甲の支払が所定の期限までに完了しない場合の明渡期限の扱い、遅延損害金及び本合意の解除の可否は、別途具体的に定める。
ここを「明渡し完了後○日以内」とする場合は、支払期限、条件、担保、違約時の措置を明確にします。
第5条(賃料・共益費・光熱費)
乙は、令和○年○月○日までの賃料及び共益費として金○円を支払う。光熱費その他の実費は、令和○年○月○日までの使用分を乙が負担し、請求時期が明渡し後となるものは、請求書受領後○日以内に精算する。
第6条(敷金・保証金)
甲は乙に対し、預託済みの敷金・保証金○円から、別紙で合意した控除額○円を差し引いた金○円を、令和○年○月○日までに返還する。甲は、別紙記載の項目以外を立退料又は敷金返還額から一方的に控除しない。
第7条(原状回復・造作・残置物)
乙の原状回復義務は、別紙「原状回復・残置物一覧」の範囲に限定する。甲は、同別紙で残置を認めた物について撤去費用を乙へ請求しない。乙が撤去する物、甲へ無償譲渡する物及び所有権を放棄する物は、それぞれ別紙で特定する。
第8条(不履行時の措置)
甲又は乙が本合意に定める金銭債務の支払を遅滞した場合は、未払額に対し令和○年○月○日から支払済みまで合意した割合による遅延損害金を支払う。明渡し又は支払が遅れた場合の期限延長、違約金、解除その他の措置は、当事者双方の負担が一方的にならないよう具体的に定める。
第9条(清算)
甲及び乙は、本合意に定める双方の義務が全て履行されたことを条件として、本件契約及びその終了に関し、本合意に定めるほか何らの債権債務がないことを相互に確認する。ただし、本合意に基づく未履行債務及び履行遅滞により生じる請求を除く。
第10条(作成・保管)
本合意の成立を証するため、本書2通を作成し、甲乙が署名又は記名押印の上、各1通を保有する。電子契約を利用する場合は、署名者の権限、締結日時、最終版データ及び監査記録を保存する。
合意解約日、立退料の支払条件、原状回復、敷金、清算条項は、案件ごとに結論が変わる中心条項です。サンプルの空欄を埋めるだけでなく、元の賃貸借契約書、貸主の通知、見積書、合意経過と照合してください。
署名前・明渡日・明渡し後のチェックリスト
署名前に確認すること
- 最新版の特定:
ファイル名、作成日、修正履歴を確認し、古い案へ署名しない - 空欄の解消:
金額、日付、物件、振込先、別紙に空欄や未添付がないか確認する - 権限の確認:
貸主本人、法人代表者、代理人、管理会社の締結権限を確認する - 元契約との照合:
敷金、償却、原状回復、保証人、違約金の条項と矛盾がないか確認する - 資金と移転日程:
先払金で新居・新店舗の契約ができるか、工事・休業期間を確保できるか確認する - 請求放棄の範囲:
立退料・敷金の未払い、税務処理、後日請求まで消していないか確認する
明渡日に確認すること
- 立退料・敷金等の着金を口座で確認する
- 室内・設備・残置物を写真と一覧で確認する
- 鍵やカード等の本数を明渡確認書に記載する
- 未精算の光熱費や日割賃料を確認する
- 双方が署名した確認書と合意書を保管する
明渡し後に保管する資料
合意書、別紙、振込記録、明渡確認書、写真、貸主とのメール、敷金精算書、領収書を一か所に保管します。店舗・事務所では、移転費、内装費、休業期間、廃棄費用などの証憑も税務・会計処理のため保存します。
借地の退去合意書は建物賃貸借と分けて考える
土地を借り、その上に借主所有の建物がある借地では、単なる建物賃貸借の明渡合意書と異なり、借地権、建物の所有権、建物収去、建物買取請求権、登記、土地返還の方法を整理する必要があります。
最高裁昭和29年6月11日判決は旧借地法の事案で、土地賃貸借を合意解除した借地権者について、同法上の建物買取請求権を否定しました。現行法の適用関係や事案は個別に確認する必要がありますが、借地の合意解約では、退去へ同意することで建物や借地権に関する主張が大きく変わり得ます。
借地の合意書では、建物を収去するのか、地主が取得するのか、対価はいくらか、登記と引渡しをどうするかを別途定めます。借地固有の論点は、借地の立ち退き料・建物買取請求権を確認してください。
立退料合意書に関するよくある質問
合意書には実印や印鑑証明書が必要ですか?
すべての立退料合意書について実印や印鑑証明書が法律上必須というわけではありません。ただし、本人確認、法人代表権、代理権、後日の成立争いを防ぐ必要性から、実印・印鑑証明書や本人確認資料を求める場合があります。電子契約でも、誰がどの権限で署名したかを確認します。
口約束でも立ち退きの合意は成立しますか?
原則として、意思表示の合致によって成立する可能性があります。ただし、口頭だけでは、金額、明渡日、敷金、原状回復について認識が食い違いやすくなります。交渉中は「検討案」「条件付き」と明確にし、最終条件は書面にします。
立退料は明渡し前にもらえますか?
当事者が合意すれば、全額先払い、一部先払い、明渡しと同日払いなどにできます。新居や新店舗の初期費用が必要なら、先払金を交渉する合理性があります。後払いしか認められない場合は、期限、条件、担保、不払い時の措置を確認してください。
署名後に立退料の増額を求められますか?
合意が有効に成立し、金額と清算条項が明確であれば、単に相場より低かったと後から気付いたという理由だけで増額することは容易ではありません。詐欺、強迫、錯誤、権限欠缺などが問題となる余地はありますが、個別判断です。署名前に金額と費目を検討することが重要です。
公正証書にすれば、明渡しもすぐ強制執行できますか?
一般に、強制執行認諾文言付き公正証書が直ちに債務名義となる範囲は、一定額の金銭支払などです。建物明渡しそのものは同じ扱いではありません。明渡しについて執行力を確保する必要がある場合は、訴え提起前の和解や訴訟上の和解を含めて専門家へ確認してください。
立退料合意書に収入印紙は必要ですか?
印紙税は書面の表題ではなく、記載された内容によって判断されます。国税庁は建物の賃貸借契約書自体を印紙税の課税対象外と案内していますが、土地の賃借権、金銭の受領、別の契約内容を含む場合などは扱いが変わる可能性があります。実際の合意書を税務署や税理士へ示して確認してください。
合意書は何通作成しますか?
紙で締結する場合は、通常、貸主と借主が各1通を保管できるよう2通作成します。複数の貸主・借主、保証人、転借人がいる場合は、誰が原本又は写しを保管するかを決めます。各ページの差替えを防ぐため、ページ番号や契印を用いることもあります。
管理会社が作った合意書へ署名してもよいですか?
管理会社が案を作成すること自体はありますが、立退料の支払義務を負う貸主が合意当事者となっているか、管理会社に締結権限があるかを確認します。管理会社だけが署名し、貸主の承認や委任状が確認できない場合は、誰に支払を請求できるか不明確になるおそれがあります。
まとめ|合意書は金額・支払・明渡し・清算を一体で確認する
立退料合意書は、交渉の終点であり、貸主と借主の権利義務を確定する重要な契約書です。立退料の金額が希望どおりでも、支払が明渡し後であったり、敷金や原状回復で大幅に控除されたり、広い清算条項で請求を失ったりすれば、実際の受取額と条件は変わります。
- 当事者・物件・元契約を正確に特定する
- 合意解約日と明渡日、その間の使用条件を明確にする
- 立退料の着金と鍵返還の順序を具体的に決める
- 敷金・原状回復・残置物を立退料と分けて精算する
- 清算条項は双方の履行完了後に効く内容を検討する
貸主から短い期限を示されている場合、店舗・事務所の移転損失が大きい場合、原状回復や造作の範囲に争いがある場合は、署名前に賃貸借契約書、通知書、合意書案、見積書、交渉記録をまとめて確認してください。
坂尾陽弁護士
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