土地収用・用地買収の補償額は増額できる?弁護士の役割と裁判例

土地収用・用地買収の補償額は、算定の前提や補償項目に誤り・漏れがあれば、交渉、収用委員会の裁決、裁決後の訴訟によって見直される可能性があります。

ただし、公共用地補償は、通常の不動産売買のように希望額を伝えて任意の上乗せを求める交渉ではありません。増額の根拠になるのは、補償類型、対象物、数量、権利関係、移転工法、補償期間、収益認定、土地評価、残地の減価などについて、基準の当てはめや事実認定を修正すべき具体的な事情です。

土地収用に詳しい弁護士へ依頼しただけで補償額が増えるわけではありません。弁護士、不動産鑑定士、建築士、会計の専門家等が役割を分担し、行政・起業者の算定内訳と反対資料を項目ごとに比較することが重要です。

  • 補償額は、計算ミス、対象漏れ、数量違い、類型・工法・期間の誤りがあれば見直される可能性があります
  • 任意の補償契約に署名する前が、内訳と条件を修正しやすい重要な段階です
  • 収用委員会では、補償項目ごとに求める金額・理由・証拠を具体的に申し立てます
  • 裁決後の補償増額請求訴訟では、裁判所が正当な補償額を客観的に判断します
  • 弁護士費用や鑑定費用を含め、見込差額と費用対効果を早めに検討する必要があります

坂尾陽弁護士

「提示額が低い」という感覚だけでは、補償額の見直しにつながりにくいのが実情です。どの補償項目の、どの前提が違い、いくらの差が生じるのかを資料で示せる形に整理しましょう。
(執筆者)弁護士 坂尾陽(Akira Sakao -attorney at law-)

2009年      京都大学法学部卒業
2011年      京都大学法科大学院修了
2011年      司法試験合格
2012年~2016年 森・濱田松本法律事務所所属
2016年~     アイシア法律事務所開業

 

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土地収用・用地買収の補償額は増額できる

土地収用法は、土地の価格だけでなく、建物・工作物の移転、営業上の損失、借家人の移転、残地の価格低下など、収用又は使用によって通常受ける損失を補償の対象としています。任意の用地買収でも、一般に公共用地補償の基準を踏まえて各項目が算定されます。

そのため、増額の余地は「担当者が特別に上乗せしてくれるか」ではなく、現在の提示が正しい補償項目と前提に基づいているかによって決まります。総額だけを比べず、算定書、図面、調査結果、見積書、会計資料を対応させる必要があります。

増額は任意の上乗せではなく算定前提の修正で行う

補償額が変わる主な理由は、次のとおりです。

  • 補償対象の漏れ
    工作物、機械設備、借家人、営業損失、残地、移転雑費等が算定されていない
  • 数量・権利関係の誤り
    取得面積、床面積、設備数量、所有者、借地権・賃借権の内容が実態と異なる
  • 移転工法の相違
    構内移転、曳家、改造、再築、除却、機械の移設・更新等の前提が適切でない
  • 期間の相違
    建築、設備移設、許認可、試運転、営業再開に通常必要な期間が短く見積もられている
  • 評価・収益認定の相違
    土地の比較事例、個別格差、営業の業種、収益、固定費、従業員費、得意先喪失等の認定が適切でない
  • 因果関係の評価の相違
    公共事業によって通常生じる損失であるのに、事業と無関係として除外されている

増額が難しい主張もある

他方、希望額、住宅ローン残高、取得時の購入代金、将来の漠然とした利益、精神的負担などが、そのまま補償額になるわけではありません。公共事業への反対理由が強くても、補償額の算定根拠とは別に整理する必要があります。

増額の出発点

補償額を見直すときは、「相場より低い」ではなく、「補償項目Aの数量が○個不足している」「移転工法Bでは営業再開ができず、工法Cが通常相当である」「休業期間に許認可・試運転期間が反映されていない」のように、差額の原因を特定します。


補償額を見直す3つの段階

土地収用・用地買収の補償額を見直す手段は、現在の手続段階によって異なります。

段階 主な手段 重要な対応
任意の用地買収 補償説明・協議、反対資料の提出、契約条件の調整 署名前に内訳、算定前提、精算条項、移転期限を確認
収用委員会 意見書、審理、資料提出、鑑定・現地調査等の申立て 補償項目ごとの申立額、理由、証拠を具体化
裁決後 土地収用法133条の損失補償に関する訴え 裁決書の送達日、被告、請求額、出訴期間を確認

任意の用地買収では契約前に修正を求める

任意買収の段階では、提示された補償内容に納得できなければ、直ちに契約へ署名する必要はありません。まず補償金内訳書、土地評価の説明、建物・工作物調査、移転工法、営業調査、図面等の開示・説明を求めます。

補償基準上の単価そのものを自由に変更できない場合でも、対象物の拾い漏れ、数量、所有関係、工法、期間、営業類型などが修正されれば、総額が変わることがあります。口頭説明だけでなく、質問と回答を記録に残すことが大切です。

収用委員会では申立額と証拠を過少にしない

任意交渉がまとまらず収用手続へ進んだ場合は、収用委員会の意見書・審理・裁決で補償額を争います。収用委員会は、原則として起業者、土地所有者、関係人が申し立てた範囲内で補償額を裁決するため、根拠が未整理だからといって低い金額だけを記載するのは避けるべきです。

意見書では、合計額だけでなく、土地、建物、工作物、営業、借家人、残地、移転雑費等に分け、起業者の申立額、自分の申立額、差額、理由、証拠を対比します。

裁決後は補償増額請求訴訟を検討する

収用委員会の裁決のうち損失補償に不服がある場合は、土地収用法133条の損失補償に関する訴えを検討します。土地所有者又は関係人が提起する場合は起業者が被告となり、裁決書の正本の送達を受けた日の翌日から起算して6か月以内に提起する必要があります。

補償額への不服と、裁決手続の違法等を理由とする取消訴訟では、訴訟の種類、被告、主張できる内容、期限が異なります。裁決書を受け取ったら、何を争うのかを最初に切り分けなければなりません。現行の裁決後の案内は、収用委員会の公式案内でも確認できます。

6か月を待たずに相談してください

裁決後は、鑑定、見積り、会計分析、訴状作成に時間がかかります。送達日から6か月あると考えて準備を後回しにせず、裁決書と封筒を保管し、早急に相談してください。

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補償額の増額で争点になりやすい項目

補償額の見直しでは、次の争点を一つずつ確認します。

争点 確認するポイント 主な資料
土地価格 比較事例、標準地、接道、形状、高低差、用途、個別格差、事業影響の扱い 評価説明書、鑑定書、公示地価、取引事例、現況図
取得範囲・権利 境界、取得面積、借地権・賃借権・抵当権、共有、相続、未登記権利 測量図、公図、登記事項、契約書、相続資料
建物移転 再築・曳家・改造等の工法、規模、仕様、経過年数、法令適合、工期 建物図面、調査表、工法検討書、見積書、写真
工作物・機械設備 数量、所有者、移設可否、基礎工事、配管配線、試運転、更新の必要性 設備台帳、仕様書、配置図、業者見積り、保守記録
営業補償 休止・仮営業所・規模縮小・廃止の類型、期間、収益、固定費、顧客喪失 決算書、申告書、総勘定元帳、賃金台帳、工程表、顧客資料
残地補償 不整形化、間口・奥行、接道、高低差、分断、駐車・車両動線、利用効率 収用前後図面、造成計画、鑑定、利用計画、写真
借家人補償 賃借継続の可否、代替物件、家賃差額、敷金・礼金等、営業補償との重複 賃貸借契約、賃料資料、候補物件、支払記録
移転雑費等 移転先選定、法令手続、設計監理、引越し、広告、移転通知等の必要費用 見積書、手続一覧、工程表、通知先一覧

土地価格は売出価格や固定資産税評価額だけで決まらない

収用する土地の補償額は、近傍類地の取引価格等を考慮し、法律上の評価時点と修正方法に従って算定されます。売出価格、住宅ローン残高、固定資産税評価額、相続税路線価のいずれか一つを、そのまま補償額にするものではありません。

比較事例の選び方、道路条件、画地条件、用途地域、実際の利用状況等に相違がある場合は、不動産鑑定士による検討が有効です。また、公共事業そのものによって価格が低下した事情を、そのまま減額要因にしていないかも確認します。

建物・設備は移転工法と工程が金額を左右する

建物や機械設備では、単価より先に移転工法を確認します。行政側が想定した工法では、法令適合、安全性、営業動線、設備精度、許認可、試運転等の面から機能回復できない場合、別の工法が通常相当であることを技術資料で示す必要があります。

設備の見落としや数量違いは比較的発見しやすい一方、更新費全額が当然に認められるわけではありません。既存設備の状態、移設可否、再使用可能性、機能回復に必要な範囲を整理します。

営業補償は類型・期間・会計資料の認定が中心となる

公共事業・用地買収の営業補償では、営業休止、仮営業所、営業規模縮小、営業廃止のどの類型に当たるかによって補償項目が変わります。営業休止の場合でも、固定的経費、従業員への休業手当、収益・所得の減少、得意先喪失、商品の減損、移転広告費等の計上方法を確認します。

営業廃止補償は、実際に廃業する意思だけで選べるものではありません。妥当な移転先がなく営業継続が通常不能であることを示す必要があるため、営業廃止補償の認定要件と代替地探索も確認してください。

残地・借家人の損失を土地代や営業補償へ埋没させない

土地の一部取得後に残る土地が不整形になる、接道が悪化する、高低差が生じる、駐車や搬出入が困難になる場合は、残地補償・残地工事・残地収用を検討します。ただし、土地価格の低下と営業上の損失を重複して計上しないように整理が必要です。

賃借住宅や賃借店舗では、建物所有者の補償だけでなく、公共事業の借家人補償と営業補償を分けて確認します。契約書が古い、転借である、口頭契約である場合でも、直ちに対象外と決めつけず、占有・賃料支払・営業実態の資料をそろえます。


増額可能性を判断する現実的な目安

補償額の争いは、主張の種類によって立証の難易度が異なります。最初に、差額が見込める項目へ調査費用と時間を集中させることが重要です。

検討優先度 典型例 実務上の見方
優先して確認 計算ミス、数量漏れ、対象物漏れ、名義・権利の誤り、資料の転記ミス 客観資料との照合で修正点を示しやすい
専門検討が必要 土地評価、移転工法、休業期間、営業類型、残地減価、借家人補償 専門家の意見と反対試算により結論が変わり得る
慎重な評価が必要 希望額、借入残高、感情的負担、抽象的な将来利益、事業反対だけを根拠とする上乗せ 法定の補償対象・因果関係との接続が難しい

小さな計算ミスでも複数項目に及べば差額が大きくなることがあります。他方、争点が高度な鑑定事項で、見込差額が鑑定費用や弁護士費用を下回る場合は、全面的に争うより、重要項目に絞った意見書や交渉が合理的なこともあります。


補償額の見直しに必要な資料と反対試算

補償額を見直すためには、行政・起業者の算定根拠と、土地所有者・関係人側の反対資料を同じ項目・条件で比較します。

区分 主な資料 確認目的
起業者側の資料 補償金内訳書、土地・物件調査、図面、移転工法、営業調査、評価説明、工程案 算定項目、数量、単価、期間、前提の把握
権利者側の基礎資料 登記、契約書、図面、写真、設備台帳、決算・申告・賃金資料、許認可 権利・物件・営業実態の立証
反対資料 鑑定、業者見積り、建築士意見、工程表、候補地比較、会計分析、顧客・商圏資料 別の評価・工法・期間・営業類型が相当であることの立証
手続資料 通知書、議事録、質問回答、意見書、裁決書、送達封筒 主張経過、期限、争点、合意範囲の確認

主張対比表を作る

実務では、補償項目ごとに、起業者の提示額、権利者側の金額、差額、双方の計算式、争点、証拠、未確認事項を一枚の表にまとめると、交渉と訴訟の優先順位が明確になります。

  • 土地:標準画地、比較事例、個別格差、評価時点、事業影響
  • 建物・設備:数量、所有者、移転工法、工期、見積条件、再使用可否
  • 営業:営業類型、休業期間、固定費、収益、従業員、顧客喪失
  • 残地・借家人:収用前後の機能、代替物件、家賃差額、重複計上の有無

移転・解体前に現況を証拠化する

建物、設備、在庫、営業動線、駐車状況、搬出入、高低差、接道状況等は、移転・解体後に再現できないことがあります。写真や動画だけでなく、撮影位置が分かる図面、寸法、日付、設備番号、稼働状況を記録してください。

見積条件をそろえる

行政側の見積りと権利者側の見積りで、対象範囲、数量、仕様、工法、工期が違えば、金額だけを比較しても意味がありません。見積条件をそろえ、差が生じた理由を説明できるようにします。


土地収用で弁護士ができること

土地収用における弁護士の役割は、単に高い金額を要求することではありません。法的な補償対象と事実関係を整理し、必要な専門家と連携しながら、交渉、収用委員会、訴訟の各段階で主張と証拠を適切な形にすることです。

補償項目・手続・合意書を法的に整理する

  • 土地所有者、借地人、借家人、営業者、物件所有者等の権利関係を整理する
  • 補償基準と個別事情を対応させ、対象漏れ・重複・因果関係を確認する
  • 起業者への質問書、反論書、収用委員会への意見書を作成する
  • 補償契約の精算条項、権利放棄、移転期限、支払条件を確認する
  • 裁決後の訴訟種類、被告、請求額、出訴期間を管理する

不動産鑑定士・建築士・会計専門家と連携する

弁護士だけで土地鑑定、建物移転工法、設備移設、営業損失の全てを算定するものではありません。争点に応じて、次の専門家との連携を検討します。

  • 不動産鑑定士
    土地価格、借地権等、残地の価格低下、比較事例・個別格差の検討
  • 建築士・設備業者
    建物の移転工法、法令適合、設備移設、工程、見積りの検討
  • 公認会計士・税理士等
    営業収益、固定費、休業期間、会計資料、複数事業の区分の検討
  • 補償実務の専門家
    物件・営業調査、数量、補償基準に基づく計算の技術的検討

費用対効果を踏まえて争点を絞る

弁護士費用や専門家費用は案件ごとに異なります。見込差額が小さい場合は、初回の資料確認、質問書の作成、意見書のチェック等に範囲を絞る方法もあります。反対に、土地評価、営業廃止、工場設備、残地等で差額が大きくなり得る案件では、契約前から専門家調査を行う意義が高くなります。


土地収用・補償増額に関する裁判例

裁判例を見ると、補償額が見直される場面がある一方、評価方法、契約、期限の問題で請求が認められない場面もあります。増額例だけを一般化せず、自分の争点と共通する判断部分を確認することが重要です。

裁判例 主な判断 実務上の意味
最高裁平成9年1月28日判決 裁判所は収用委員会の裁量逸脱だけでなく、正当な補償額を客観的に認定する 裁決額と客観的補償額の差を証拠で争える
最高裁昭和48年10月18日判決 当該事業による建築制限を考慮して収用地を低く評価してはならない 事業の影響を除いた正常な価格を検討する
最高裁平成14年6月11日判決 土地収用法71条の評価時点・修正方法を合憲とした 一般的な地価上昇との比較だけでは増額根拠にならないことがある
大分地裁平成22年3月25日判決 任意の補償契約後、特段の事情なく憲法を直接根拠とする差額請求を否定 契約前の類型・内訳・精算条項の確認が重要
最高裁昭和58年9月8日判決 出訴期間経過後に追加した損失補償請求を不適法とした 類似する請求を先にしていても期限が救済されるとは限らない

最高裁平成9年1月28日判決|裁判所は正当な補償額を客観的に判断する

最高裁平成9年1月28日判決は、土地収用法133条の損失補償に関する訴えで、裁判所は収用委員会の判断に裁量権の逸脱・濫用があるかだけを審査するのではなく、証拠に基づいて裁決時点の正当な補償額を客観的に認定すべきだとしました。

この事件では、小作権と底地権の割合が争われ、控訴審は土地所有者側の補償を約566万円増額し、最高裁はその判断を維持しました。また、増額差額について権利取得の時期以後の法定利率相当額を請求できると判断しています。ただし、当時と現在では法定利率が異なるため、具体的な利率は個別に確認が必要です。

この判決から分かるのは、収用委員会の裁決があるから増額が不可能なのではなく、権利割合、評価、数量等について裁判所を納得させる証拠があれば、正当な補償額との差を争えるということです。

最高裁昭和48年10月18日判決|事業の影響で価格を下げない

最高裁昭和48年10月18日判決は、都市計画事業のために課された建築制限を考慮して被収用地を低く評価した原判決を破棄し、建築制限を受けていないとすれば裁決時に有したであろう価格を基礎にすべきだと判断しました。

公共事業の計画や制限によって対象地の取引価格が下がった場合、その低下を権利者に負担させると正当な補償にならないことがあります。土地評価では、選ばれた比較事例や価格形成要因に事業の影響が混入していないかを確認する必要があります。

最高裁平成14年6月11日判決|地価上昇率との差だけでは足りない

最高裁平成14年6月11日判決は、事業認定の告示時の相当な価格を算定し、権利取得裁決時まで物価変動に応じた修正を行う土地収用法71条の方法に合理性があり、憲法29条3項に違反しないと判断しました。

したがって、事業認定後に近隣地価が上昇し、その上昇率が法定の修正率より大きいという事情だけで、当然に差額全額が増額されるわけではありません。評価時点、事業影響、比較事例、法定の修正方法を踏まえた主張が必要です。

大分地裁平成22年3月25日判決|任意契約後の追加請求は容易ではない

大分地裁平成22年3月25日判決は、コンビニエンスストアの営業者が営業休止補償等の契約を締結して補償金を受領した後、営業廃止補償との差額を求めた事案です。裁判所は、任意の補償契約は私法上の契約であり、公序良俗違反、意思表示の瑕疵、行政側の優越的地位の濫用等の特段の事情がない限り、契約の効力を否定できないとしました。

また、移転先を探すことが容易でないとしても、営業継続が通常不能とまでは認めず、営業廃止補償ではなく営業休止補償としたことも違法ではないと判断しました。契約後に「別の補償類型の方が高かった」と主張するより、契約前に移転不能性や反対試算を提出することが重要です。

最高裁昭和58年9月8日判決|請求の種類と期限を誤らない

最高裁昭和58年9月8日判決は、収用裁決取消請求や不法行為に基づく損害賠償請求を先に提起していても、土地収用法上の損失補償請求を当時の出訴期間経過後に追加した場合、その追加請求は不適法になると判断しました。

この事件は旧法の3か月の期間に関するものですが、現行法では損失補償に関する訴えは原則6か月です。期間が延びたから安全という意味ではなく、取消訴訟、損害賠償請求、補償増額請求は別の訴訟であることを意識しなければなりません。

裁判例の金額をそのまま相場にしない

裁判例の結果は、対象物、権利、評価時点、提出された鑑定・会計資料、請求内容によって変わります。別事件の増額額や増額率を、自分の補償額へそのまま当てはめることはできません。


補償契約に署名した後でも追加請求できるか

任意の用地買収で補償契約を締結した場合は、原則として契約内容に拘束されます。契約書に、対象となる権利・物件・損失、補償額、支払条件、移転期限、追加請求の扱い、全て解決した旨の条項が記載されていると、契約後の追加請求は難しくなります。

もっとも、契約に含まれていない別の権利者・別の補償項目がある、対象範囲について明確な留保がある、重要な事実に誤認がある、説明や合意形成に重大な問題があるなど、個別事情によって検討を要する場合があります。契約書と交渉経過を確認せず、追加請求ができる又はできないと一律には判断できません。

収用裁決に基づく補償金の支払・供託と、任意の補償契約による最終精算は区別が必要です。裁決額を受領したことだけで直ちに補償額への不服が全て失われるとは限りませんが、受領時に和解・権利放棄等の書面を作成する場合は内容を慎重に確認してください。

署名前に確認する条項

「本件に関する一切の補償を含む」「今後何らの請求をしない」などの条項がある場合は、補償項目の漏れ、未確定費用、税務上の扱い、工事・営業再開後に判明する問題を検討してから署名してください。


補償額の増額交渉を進める手順

  1. 現在の手続段階と期限を確認する
    任意交渉、裁決申請前、収用委員会の審理中、裁決後のどこにいるかを確認します。
  2. 補償内訳と算定資料を取得する
    総額だけでなく、項目、数量、単価、計算式、工法、期間、評価条件を確認します。
  3. 権利・物件・営業の実態と照合する
    登記、契約、図面、写真、設備台帳、会計資料、許認可等と照合し、漏れと相違を一覧化します。
  4. 差額が大きい争点から専門家に確認する
    土地評価、移転工法、営業類型、残地等について必要な専門家を選びます。
  5. 反対試算と証拠を提出する
    求める金額、計算式、理由、資料を項目別に示し、書面で回答を求めます。
  6. 契約・収用委員会・訴訟を選択する
    見込差額、移転時期、費用、事業継続への影響、期限を踏まえて解決手段を決めます。
交渉記録を残す

面談後は、日時、出席者、質問、回答、未回答事項、次回期限を記録します。後に収用委員会や訴訟へ進んだ場合、いつ何を指摘し、どの資料を提出したかが重要になることがあります。


土地収用を弁護士に相談するタイミング

土地収用・用地買収について弁護士へ相談するなら、補償契約への署名前が最も対応しやすい時期です。特に、次の場面では早めの相談を検討してください。

  • 補償金の総額だけが示され、項目別の内訳や計算根拠が分からない
  • 建物・設備の移転工法では、生活又は営業の機能を回復できない
  • 営業休止期間、認定収益、固定費、顧客喪失等に大きな相違がある
  • 営業廃止、残地の価格低下、借家人補償など複数の補償が関係する
  • 収用委員会から通知が届き、意見書や申立額を準備する必要がある
  • 裁決書が届き、補償増額請求訴訟又は取消訴訟を検討している
  • 契約書に一切清算・追加請求放棄等の条項がある

相談時には、通知書、補償内訳、図面、土地・物件調査、契約書案、登記、賃貸借契約、会計資料、見積書、交渉記録を時系列に並べると、争点と期限を把握しやすくなります。


土地収用・用地買収の補償増額についてよくある質問

弁護士に依頼すれば必ず補償額が増えますか?

必ず増えるとは限りません。増額には、補償対象の漏れ、数量・工法・期間・評価・営業類型等の具体的な修正根拠と証拠が必要です。弁護士は、増額可能性と費用対効果を整理し、主張・証拠・手続を適切な形にする役割を担います。

提示額を断ると補償額を下げられますか?

任意交渉で提示額に疑問があるため契約しないことだけを理由に、正当な補償額を制裁的に下げるべきではありません。ただし、土地価格の評価時点・修正、物件の状態、営業状況等により後の算定結果が変わることはあります。拒否するだけでなく、疑問点と反対資料を具体的に示してください。

収用委員会の裁決額より高い金額を裁判所が認めることはありますか?

あります。最高裁平成9年1月28日判決は、裁判所が正当な補償額を客観的に認定し、裁決額と異なる場合には正当な額を確定すべきだとしています。ただし、鑑定や会計資料等による立証が必要です。

裁決額を受け取ると補償増額請求訴訟はできませんか?

裁決に基づく支払又は供託金の受領だけで、直ちに全ての不服申立てができなくなるとは限りません。ただし、受領に伴って和解、請求放棄、最終精算等の書面を作成した場合は別です。裁決書、支払通知、受領書等を確認してください。

補償増額請求訴訟の期限はいつですか?

損失補償に関する訴えは、原則として裁決書の正本の送達を受けた日の翌日から起算して6か月以内です。補償以外の違法を争う取消訴訟等とは期限が異なります。個別の裁決や審査請求の有無によって検討が必要なため、裁決書を受け取ったら早急に相談してください。

行政の補償基準に従っていれば増額できないのでしょうか?

基準に従っていても、補償類型、対象物、数量、工法、期間、評価、権利関係等の前提が実態と異なれば、算定結果が変わる可能性があります。公共用地補償の基準・運用方針と個別事情の対応を確認することが重要です。

自分で交渉する場合、最初に何を求めればよいですか?

補償金の項目別内訳、数量、単価、計算式、土地評価の説明、建物・設備の移転工法、営業類型と補償期間、取得範囲図を求めてください。その上で、事実と異なる部分を資料付きで質問します。

弁護士費用で費用倒れになることはありますか?

見込差額が小さい、争点の立証が難しい、鑑定費用が高い場合は、費用倒れの可能性があります。全面的な代理だけでなく、初回評価、資料レビュー、質問書・意見書の作成、特定争点だけの専門家意見など、対応範囲を調整する方法があります。


まとめ|補償増額は算定誤り・漏れを資料で示す

土地収用・用地買収の補償額は、補償項目の漏れ、数量、権利関係、土地評価、移転工法、営業類型、補償期間、残地の影響等に誤りがあれば、見直される可能性があります。

  • 総額ではなく、補償項目ごとの計算式と前提を確認する
  • 行政側の算定と反対試算を、同じ条件で比較する
  • 移転・解体前に物件、設備、営業、残地の現況を証拠化する
  • 契約前、収用委員会、裁決後で使える手段と期限が異なる
  • 弁護士と各専門家の費用を含め、差額の大きい争点へ集中する

補償契約への署名や移転・解体が済んでからでは、追加請求や証拠収集が難しくなることがあります。補償内訳と契約書案を受け取った段階で、対象漏れ、算定前提、必要資料、今後の期限を整理してください。

坂尾陽弁護士

補償額の増額は、強い言い方や交渉期間の長さで決まるものではありません。補償項目ごとの差額と根拠を整理し、必要な専門家の意見を契約前から準備することが、正当な補償へ近づくための基本です。

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