立退料と敷金は別物?相殺される?敷金返還と原状回復の注意点

貸主や管理会社から「立退料は敷金込みで○○万円です」「原状回復費は退去後に敷金から差し引きます」と説明されると、最終的にいくら受け取れるのか分かりにくくなります。立退料の金額が大きく見えても、敷金返還分や未確定の原状回復費が混ざっていれば、実質的な条件は想像より低いことがあります。

立退料、敷金返還、原状回復費は、それぞれ法的な役割と計算方法が異なります。「一括で○○万円」という総額だけで合意せず、立退料はいくらか、敷金はいくら返るか、何を原状回復費として控除するかを分けて確認することが重要です。

この記事では、主に貸主側の事情で退去を求められた建物の借主向けに、立退料と敷金の違い、相殺・差引精算の考え方、敷金返還の時期、通常損耗と原状回復、取り壊し時の免除交渉、合意書の記載方法を解説します。立退料請求の全体手順は、立ち退き料を請求する方法と流れも参考にしてください。

  • 立退料と敷金返還額を別々に表示してもらう
  • 敷金から控除する債務と、その根拠資料を確認する
  • 通常損耗・経年変化と借主責任の損傷を区別する
  • 取り壊し予定でも原状回復免除を必ず書面化する
  • 支払額・控除額・支払時期を合意書で確定する

坂尾陽弁護士

「敷金込み」という言葉だけでは、純粋な立退料がいくらか分かりません。まず三つの金額を別々の欄に置き、最後に差引後の受取額を計算しましょう。
(執筆者)弁護士 坂尾陽(Akira Sakao -attorney at law-)

2009年      京都大学法学部卒業
2011年      京都大学法科大学院修了
2011年      司法試験合格
2012年~2016年 森・濱田松本法律事務所所属
2016年~     アイシア法律事務所開業

 

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立退料・敷金・原状回復費は別のもの

立退料、敷金、原状回復費は、退去時に同時に話題になりやすいものの、同じ性質の金銭ではありません。まず、それぞれを別の箱に分けて考えます。

項目 主な役割 確認する内容
立退料 貸主都合の明渡しに伴う不利益を調整し、正当事由を補完するために提示・合意される金銭 金額、費目、支払日、支払条件、明渡しとの順序
敷金・保証金 賃料その他の賃貸借上の債務を担保するため、借主が預けた金銭 預託額、償却、控除対象、返還額、返還期限
原状回復費 借主が負担すべき損傷や変更を回復するための費用 入居時の状態、損傷原因、特約、工事範囲、見積額

立退料は自動的に発生する定額の請求権ではない

普通借家の貸主が更新を拒絶したり解約を申し入れたりする場面では、建物を使用する必要性、賃貸借の経過、建物の状況、立退料の申出などを総合して正当事由が判断されます。立退料はその調整要素であり、法律で一律の金額が定められているわけではありません。

提示額を検討するときは、転居費だけでなく、新物件の初期費用、賃料差額、事業用物件の移転・休業など、実際の不利益を費目別に整理します。費目の作り方は、立ち退き費用の内訳と資料の作り方で詳しく解説しています。

敷金は借主が預けた担保金

現行の民法622条の2は、名称を問わず、賃料債務その他の賃貸借に基づく債務を担保する目的で借主が貸主へ交付する金銭を敷金として扱います。住宅の「敷金」だけでなく、店舗・事務所の「保証金」も、担保としての実質を持つ部分は同様に検討されます。

ただし、事業用保証金には、契約終了時に一定割合を返還しない「償却」や、別の目的を持つ一時金が含まれることがあります。契約書、更新契約、重要事項説明書、預り証を確認し、預託総額と返還対象額を区別してください。

原状回復費は借主の負担範囲を確定して計算する

原状回復費は、貸主が示した見積書の全額を当然に借主が負担するものではありません。損傷の原因、通常損耗かどうか、借主が設置した造作か、契約上の特約が明確か、工事範囲が必要かを確認した上で、借主負担額を確定します。

三つの金額を一つの表で管理する

交渉用の一覧表には、①立退料、②敷金返還、③借主負担の原状回復費・未払金という三つの区分を作ります。①と②は原則として借主が受け取る金額、③は借主が負担する金額です。最後に「①+②-③」で手取り見込額を計算すると、提示条件を比較しやすくなります。


立退料と敷金は相殺される?「敷金込み」の注意点

日常会話では「立退料と敷金を相殺する」と表現されることがあります。しかし、立退料と敷金返還金は、通常はいずれも貸主から借主へ支払われる側の金銭であり、互いを打ち消す関係ではありません。実際に問題になるのは、次の二つです。

  • 総額精算:立退料と敷金返還を一つの支払額にまとめる
  • 差引精算:借主の未払賃料や原状回復費を、敷金返還金や立退料から差し引く

当事者が内容を理解して合意すれば、一括決済や差引精算をすること自体は可能です。ただし、内訳が不明なままでは、敷金の控除が適正か、純粋な立退料がいくらか、後から追加請求されるかを確認できません。

「立退料180万円・敷金込み」を分解する計算例

たとえば、借主が敷金60万円を預けており、合意済みの借主負担原状回復費が15万円、未払賃料がないケースを考えます。敷金返還見込額は45万円です。

提示方法 受取額の内訳 実質的な立退料
総額180万円(敷金返還を含む) 立退料135万円+敷金返還45万円 135万円
立退料180万円・敷金は別途返還 立退料180万円+敷金返還45万円 180万円

同じ「180万円」という説明でも、敷金を含むかどうかで手取りは45万円違います。さらに、原状回復費15万円がまだ見積段階なら、最終的な受取額は確定していません。立退料、敷金返還額、原状回復費を各欄に記載し、合計額を算式で確認してください。

「敷金込み」の総額だけで合意しない

「立退料として総額○円を支払い、敷金その他一切を含む」とだけ書くと、敷金から何が控除されたのか、原状回復費が確定したのかが分かりません。少なくとも、立退料額、敷金預託額、控除額と項目、敷金返還額、総支払額を別々に明記します。

未確定の原状回復費を無制限に差し引かせない

合意書に「貸主は明渡し後に判明した一切の費用を立退料から控除できる」とあると、借主は合意額を受け取れないおそれがあります。控除を認めるなら、対象を未払賃料、合意済みの工事項目、公共料金などに限定し、見積書の承認方法、上限額、精算期限を定めます。

貸主の請求額に争いがある場合は、争いのない立退料・敷金返還額まで留保されないように、無争部分を先に支払う条項や、争いのある部分だけを別途協議する条項を検討します。

移転先で新たに払う敷金も別に検算する

移転先の敷金・保証金は、将来返還される可能性があるため、全額が直ちに損失になるとは限りません。しかし、旧物件の敷金返還より先に新物件へ敷金を預ける必要がある、保証金額が増える、償却条件が不利になるなど、資金負担は生じます。

旧物件から戻る敷金、返還時期、移転先へ預ける金額、償却、仲介手数料、礼金等を分けて整理し、立退料の交渉材料にします。住宅・店舗別の立退料の内訳は、立ち退き料の相場と計算方法も参考にしてください。


敷金はいつ・いくら返還される?

原則は契約終了と明渡しの後に返還される

民法622条の2では、賃貸借が終了し、貸主が賃貸物の返還を受けたときに、貸主は敷金から賃貸借に基づく借主の債務額を控除した残額を返還するとされています。建物賃貸借では、契約が終了しただけで荷物や鍵が残っていれば、通常はまだ返還時期に至っていないと考えられます。

法律上の返還時期と、実際の振込日が同じとは限りません。工事見積りや公共料金の確定を理由に精算が長引くことがあるため、立退料合意書では「明渡日から14日以内」「明渡日当日に○円を返還し、残額は精算書交付後○日以内」など、具体的な期限を定めることが有効です。

敷金から控除され得る主な項目

項目 控除を検討する条件 借主が確認する資料
未払賃料・共益費 支払期が到来し、実際に未払いである 入出金履歴、賃料台帳、日割計算
未払光熱費等 契約上借主負担で、金額が確定している 検針票、請求書、精算明細
借主責任の損傷 故意・過失、用法違反、通常の使用を超える損傷がある 入居時・退去時写真、立会記録、見積書
造作撤去・原状回復 契約・承諾書に基づき借主が負担する範囲である 契約条項、工事承諾書、図面、見積書
保証金償却 契約上の償却条項があり、その内容が有効である 契約書、更新合意、重要事項説明書

貸主が控除する場合は、少なくとも項目、数量、単価、工事範囲、根拠条項が分かる精算書を求めます。「修繕費一式」「クリーニング一式」だけでは、通常損耗と借主責任の損傷を区別できません。

借主から「最後の家賃を敷金で払う」とは原則として求められない

民法622条の2第2項は、借主に賃料等の未払いがあるとき、貸主が敷金をその債務の弁済に充てることができる一方、借主から貸主へ敷金を充当するよう請求することはできないと定めています。貸主の承諾なく最終月の賃料を止めると、滞納として扱われ、交渉や保証会社との関係を悪化させるおそれがあります。

最終賃料と敷金を相殺したい場合は、口頭で済ませず、対象月、相殺額、残る敷金返還額を合意書に記載します。退去までの家賃は、立退料交渉中でも原則として支払いを継続してください。

立退料の一部として敷金を先に返してもらうことは交渉できる

民法上の通常の敷金返還時期より前でも、貸主と借主が合意すれば、敷金の全部または一部を先に返還することは可能です。移転先契約の初期費用が必要な場合は、立退料の一部先払いとは別に、敷金の先行返還を交渉する方法があります。

ただし、先行返還後に未払賃料や借主責任の損傷が判明した場合の処理も決めます。先行返還額を確定精算とするのか、一定額を留保するのか、追加請求できる項目を限定するのかを明記してください。

古い契約は契約時期・更新経過も確認

2020年4月施行の改正民法には経過措置があります。長期間継続している賃貸借では、当初契約日、更新の有無、変更契約の内容によって適用関係の検討が必要になることがあります。もっとも、精算実務では契約書と証拠に基づき、預託額・担保対象・控除額・返還時期を明確にすることが基本です。


原状回復で敷金から差し引ける範囲

通常損耗・経年変化は原則として借主負担ではない

民法621条は、借主が賃借物を受け取った後に生じた損傷について原状回復義務を負う一方、通常の使用・収益によって生じた損耗や経年変化、借主の責任によらない損傷を除外しています。

住宅では、家具を置いたことによる床のへこみ、日照によるクロスの変色、通常の生活による設備の劣化などが、通常損耗・経年変化に当たり得ます。他方、喫煙による著しいヤニ汚れ、結露を放置したカビ、引越し作業で付けた深い傷、無断で開けた穴などは、原因と程度によって借主負担となる可能性があります。

区分 典型例 確認点
貸主負担が基本 通常使用による摩耗、日焼け、設備の自然な老朽化 耐用年数、入居期間、通常使用の範囲
借主負担となり得る 故意・過失による破損、清掃・管理不足で拡大した損傷、無断改造 原因、範囲、補修方法、残存価値
特約を確認 クリーニング費、鍵交換費、通常損耗補修、スケルトン返し 条項の具体性、説明、金額・範囲、契約類型

通常損耗を借主負担にする特約は明確さが重要

最高裁平成17年12月16日判決は、住宅賃貸借で通常損耗の補修費を借主に負担させるには、借主が負担する通常損耗の範囲が契約書に具体的に記載されているか、貸主が説明し、借主が明確に認識して合意したと認められることが必要だと示しました。

「退去時は原状に回復する」「修繕費は借主負担」といった一般的な文言だけで、通常損耗の全てを借主負担にできるとは限りません。一方で、クリーニング費や具体的な項目・金額が明示された特約が当然に無効になるわけでもありません。契約文言、説明、金額、物件用途を個別に確認します。

見積額ではなく必要な工事範囲と残存価値も確認する

損傷が借主責任でも、常に部屋全体を新品へ交換する費用全額を負担するとは限りません。傷のある部分だけを補修できるか、既に耐用年数を経過しているか、工事にグレードアップ部分が含まれていないかを確認します。

住宅の原状回復については、国土交通省の原状回復をめぐるトラブルとガイドラインが、契約時・入退去時の確認、負担区分、精算の考え方を示しています。ガイドラインは契約内容や個別事情を無視して自動的に結論を決めるものではありませんが、見積内容を検討する重要な基準になります。


住宅と店舗・事務所では原状回復の確認点が異なる

住宅は入居時の状態と通常の生活による損耗を確認する

住宅では、入居時チェックリスト、室内写真、設備表、退去立会記録を照合します。貸主から請求を受けたら、損傷箇所ごとに、入居前からあったか、いつ発生したか、通常使用によるものか、補修範囲が適切かを確認してください。

ハウスクリーニング費、エアコンクリーニング費、鍵交換費などは、名称だけで借主負担が決まるものではありません。契約条項、説明、汚損の程度、実際に実施する作業を確認します。

店舗・事務所は造作、設備、スケルトン返しを重点確認する

店舗・事務所では、内装、間仕切り、床、天井、看板、厨房設備、給排水、電気容量、空調、ダクト、防災設備など、借主が設置・変更した部分が多くなります。契約書の原状回復条項、工事承諾書、貸主指定業者条項、引渡時の図面と写真が重要です。

確認対象 住宅 店舗・事務所
引渡時の状態 壁・床・設備の傷、付帯設備 居抜き、事務所仕様、スケルトン、既存造作の帰属
主な争点 通常損耗、経年変化、清掃費 造作撤去、設備復旧、指定業者、工期、営業用汚損
重要資料 入居時写真、チェック表、ガイドライン 契約書、工事承諾書、図面、見積、造作譲渡資料

大阪高裁平成18年5月23日判決は営業用物件の事案で、一般的な原状回復条項等から通常損耗まで借主負担とする明確な合意は認められないと判断しました。他方、東京地裁平成24年12月21日判決では、歯科医院用の設備や変更がない状態で引渡しを受けた事案について、借主が自らの費用で入居当初の状態へ戻す義務が認められています。

事業用だから全て借主負担、または一般条項だから何も負担しない、という一律の結論にはなりません。どの状態で引渡しを受け、何を設置し、どの特約に合意したかを物件ごとに確認します。

保証金償却と原状回復費の二重控除を確認する

事業用物件では、保証金から一定割合を償却した上で、さらに原状回復費を控除する契約があります。償却と原状回復は目的が異なる場合がありますが、契約文言によっては、同じ負担を重ねて請求していないかが問題になります。

保証金償却、造作買取、営業補償、移転工事費まで含む店舗・事務所の条件整理は、店舗・事務所の立退料と補償項目も確認してください。


建物を取り壊すとき原状回復は免除される?

貸主が建物を取り壊す予定なら、壁紙や床を新品へ戻した直後に解体するのは経済的に不合理に見えます。そのため、建替え・取り壊しを理由とする立ち退きでは、原状回復の全部または一部免除が重要な交渉条件になります。

ただし、取り壊し予定だから原状回復義務が当然に消えるわけではありません。既存契約の原状回復条項は残っており、明渡し時点で本当に解体が確定しているか、廃棄物や危険物の撤去が必要か、残置物が解体費を増やすかによっても扱いが変わります。

免除交渉で確認する項目

  • 免除の範囲:通常損耗だけか、借主造作・設備の撤去も含むか
  • 撤去する物:商品、私物、リース品、危険物、機密書類、産業廃棄物
  • 残してよい物:内装、間仕切り、空調、配管、看板、住宅設備
  • 費用負担:残置物処分費、解体費増加分、撤去業者、搬出経路
  • 証拠化:写真、残置物一覧、図面、貸主承認、明渡確認書

原状回復免除は「全部免除」か「一部免除」かを明記する

「現状のままでよい」という口頭説明だけでは、貸主側の担当者が変わったときに、造作撤去や廃棄物処分を請求されるおそれがあります。合意書には、何を残し、何を撤去し、どの損傷を免除するのかを具体的に書きます。

条項例:甲は、乙が別紙残置物一覧に記載した物品を除き乙の所有物を搬出し、鍵を返還したことをもって明渡しが完了することを確認する。甲は、本件建物の取壊しを予定していることを踏まえ、乙に対し、内装、間仕切り、床、天井、配管その他の原状回復及び撤去を求めず、その費用を敷金又は立退料から控除しない。

実際の条項では、建物、区画、設備、残置物を特定し、免除しない物も明示します。特にリース品や第三者所有物は、貸主との合意だけで処分できないため注意が必要です。

口頭の「そのままでよい」に頼らない

担当者から原状回復不要と言われても、契約書上の義務が残ったままなら争いになります。貸主本人または正当な代理権を持つ者との合意書に、免除範囲と控除禁止を明記し、室内写真・残置物一覧を添付してください。

解体が中止・延期された場合の扱いも決める

再開発や建替え計画は変更されることがあります。原状回復免除を「解体工事が実施される場合に限る」とすると、貸主の計画変更により借主へ追加請求が生じるおそれがあります。借主が合意どおり明け渡した後は、貸主の事後的な計画変更にかかわらず免除が確定する文言を検討します。


立退料合意書に敷金・原状回復をどう書くか

敷金・原状回復の精算は、立退料合意書の中で独立した条項にします。合意書全体の条項や不利な文言は、立退料の合意書で押さえるポイントも確認してください。

金額を五つに分ける

記載欄 記載例 目的
立退料 3,000,000円 退去条件として合意した金額を確定する
敷金預託額 600,000円 元本を確認する
敷金控除額 150,000円 控除項目・根拠・上限を確定する
敷金返還額 450,000円 実際に返す額を確定する
総支払額 3,450,000円 立退料と敷金返還の合計を確認する

未払賃料、光熱費、原状回復費がない場合は、敷金を全額返還すると明記します。未確定項目がある場合は、留保額と精算期限を決め、残額をいつ返すかを定めます。

支払日と明渡日の順序を決める

借主が明け渡した後に、貸主が原状回復費を自由に計算し、立退料と敷金の全額を留保できる構成は避けます。立退料の全額または一部先払い、明渡日の同時決済、敷金の先行返還、留保額の上限などを組み合わせます。

たとえば、合意締結時に立退料の30%と敷金返還見込額を支払い、明渡日に立退料残額を支払う方法があります。原状回復費を明渡後に確定する必要がある場合も、争いのない額を先に支払い、留保額だけを後日精算する方が、借主の移転資金と貸主の担保を両立しやすくなります。

相殺・控除を認める項目を限定する

「貸主が借主に対して有する一切の債権を立退料から相殺できる」といった広い条項は、後から根拠の不明な請求を差し引かれるおそれがあります。相殺・控除を認める場合は、対象債権、金額または上限、通知方法、証拠資料、異議申出期間を定めます。

条項例:甲は、本合意書に定める立退料及び敷金返還額から、第○条に確定額として記載した未払賃料及び原状回復費以外の金銭を、乙の書面による承諾なく控除または相殺しない。

清算条項は全額支払後に効くようにする

広い清算条項に先に合意すると、未払いの立退料、敷金返還、追加移転費用まで放棄したと主張されることがあります。本合意書に定めた全額の支払と明渡しが完了した時点で清算条項が効く構成にし、未履行債務や故意に秘匿された債務を除外するか検討します。


立退料・敷金・原状回復を検算する5ステップ

  1. 契約書と預託資料を集める
    賃貸借契約書、更新契約、重要事項説明書、敷金・保証金の預り証、立退き通知をそろえます。
  2. 入居時と現在の状態を証拠化する
    入居時写真、現況写真、修繕履歴、工事承諾書、図面、立会記録を整理します。
  3. 三つの金額を別表にする
    立退料、敷金返還、借主負担債務を別々に計算し、純粋な立退料と手取り額を確認します。
  4. 貸主の控除根拠を項目別に確認する
    損傷原因、特約、工事範囲、見積単価、耐用年数、保証金償却を確認し、争いのある項目を分けます。
  5. 合意書と決済手順を確定する
    金額、支払日、相殺・控除、原状回復免除、鍵返還、清算条項を文書にし、入金と明渡しを連動させます。

比較表は「額面」ではなく「手取り」で作る

複数案を比較するときは、貸主が大きく表示した立退料の額面だけでなく、敷金返還、控除、先払い、移転先初期費用、賃料差額、明渡期限まで入れます。

比較項目 案A 案B
立退料 金額を記入 金額を記入
敷金返還 別途/込みを記入 別途/込みを記入
原状回復・未払金控除 確定額・上限を記入 確定額・上限を記入
支払時期 先払い・同時・後払い 先払い・同時・後払い
手取り見込額 合計を計算 合計を計算
明渡期限・免除条件 期限と条件を記入 期限と条件を記入

立会い前に貸主の見積書を確認する

明渡当日に初めて高額な原状回復見積りを示されると、立退料や敷金の決済が止まることがあります。可能であれば、合意前または明渡日の十分前に現地確認を行い、貸主の主張する工事項目を共有します。

その場で全てを認める必要はありません。立会記録へ署名するときは、損傷の存在を確認しただけなのか、費用負担まで認めるのかを区別し、異議のある項目には留保を記載します。

交渉経過はメールや書面で残す

原状回復免除、敷金全額返還、控除上限、先払いなどの重要条件は、電話だけでなくメールや修正履歴付きの合意書案で確認します。条件の提示・修正・期限設定の進め方は、立退料の交渉・増額も参考にしてください。


よくあるトラブルと借主側の対応

「立退料は高額だが敷金は返さない」と言われた

まず、立退料の提示額に敷金返還分が含まれているのか、敷金から控除する債務があるのかを分けて質問します。敷金返還を放棄することが退去条件なら、その放棄額も立退料の実質額から差し引いて評価します。

退去後に原状回復費が立退料を超えたと請求された

合意書の控除条項、原状回復免除、清算条項を確認し、請求項目ごとに原因・契約根拠・工事範囲・単価を求めます。合意書で原状回復費を確定し、追加請求を制限していれば、その文言が重要な判断材料になります。

貸主が精算書を出さず敷金を返さない

敷金預託額、明渡日、未払債務の有無、返還請求額を整理し、期限を区切って精算書と返還を求めます。交渉が進まない場合は、内容証明、民事調停、少額訴訟または通常訴訟などを検討します。ただし、請求額、証拠、相手方の主張により適切な手続は異なります。

取り壊すはずなのにスケルトン工事を求められた

取り壊し計画、解体時期、工事の必要性、原状回復特約、貸主が実際に負担する追加費用を確認します。工事が無意味であると主張するだけでなく、借主造作を残すことで解体費がどの程度変わるか、危険物やリース品を除外できるかを具体的に協議します。

合意書への署名を急かされている

金額だけでなく、敷金、原状回復、支払時期、明渡し、清算条項を確認できる時間を確保します。空欄や「別途協議」が残る案、貸主だけが控除額を決める案、明渡し後の無期限後払い案には、その場で署名しないことが重要です。


立退料と敷金に関するよくある質問

立ち退きなら敷金は必ず全額返還されますか?

必ず全額返還されるわけではありません。未払賃料、借主責任の損傷、合意した原状回復費、契約上の保証金償却などがあれば控除される可能性があります。ただし、貸主都合の立ち退きであることを踏まえ、敷金全額返還や原状回復免除を立退料と別の条件として交渉することは可能です。

立退料から原状回復費を差し引くことはできますか?

借主が実際に負担すべき原状回復債務があり、相殺の要件を満たす場合や、当事者が差引精算に合意した場合はあり得ます。しかし、貸主が根拠不明の見積額を自由に差し引けるわけではありません。対象、金額、根拠、上限、精算期限を確認してください。

移転先の敷金全額を立退料として請求できますか?

移転先の敷金は将来返還される可能性があるため、全額が当然に損失として認められるわけではありません。ただし、旧物件からの返還時期とのずれ、保証金増額、償却、資金調達負担などは、移転に伴う不利益として交渉材料になり得ます。

取り壊しなら残置物も全て置いてよいですか?

自動的に全て置いてよいわけではありません。私物、商品、機密書類、リース品、危険物、産業廃棄物などは撤去が必要になることがあります。残してよい内装・設備と、搬出すべき物を一覧にして合意します。

敷金より原状回復費が高いと請求されたらどうしますか?

敷金を超える部分について借主の支払義務が当然に消えるわけではありませんが、貸主の請求額がそのまま確定するわけでもありません。契約条項、損傷原因、入居時状態、工事範囲、見積単価、耐用年数、取り壊し予定を確認し、争いのある項目を分けて回答します。


立退料と敷金を分けて精算し、合意書で手取り額を確定する

立退料、敷金返還、原状回復費を一括で話すと、提示額の実質が分かりにくくなります。借主側では、三つの金額を別々に計算し、控除後の手取り額、支払時期、明渡条件まで確認してください。

  • 立退料と敷金返還は役割が異なる
  • 「敷金込み」の提示は内訳を分解する
  • 敷金の控除は未払債務と借主負担範囲を確認する
  • 通常損耗・経年変化は原則として借主負担ではない
  • 取り壊し時の原状回復免除と控除禁止を書面化する

特に店舗・事務所、長期賃貸、保証金償却、大規模な造作、解体予定が絡む案件では、契約条項と工事範囲によって金額が大きく変わります。合意書へ署名する前に、貸主の精算案と見積書を照合し、必要に応じて弁護士へ相談してください。

坂尾陽弁護士

立退料の額面が大きくても、敷金返還や原状回復費を差し引くと条件が変わります。「何円もらうか」ではなく、「何を差し引いた後、いつ何円が入金されるか」まで確定させましょう。

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