店舗、テナント、飲食店の経営者様にとって、ビルの大家からの立ち退き要求は経営を揺るがす一大事であるといえます。立ち退きを要求された際には補償がされるのでしょうか。請求される場合も裁判になるのか、弁護士は必要なのか、立ち退き料をどのように請求するのか、すべての流れが分からない人も多いでしょう。
今回は立ち退きを求められた経営者様のために立ち退き料を請求する場合の流れを解説します。
1. 立ち退き料を請求する法律上の根拠
1.-(1) 民法上の賃貸借契約
まずは、立ち退き料をどのように請求するのか法律上の根拠から見ていきます。大家とビルの賃借人の間は賃貸借契約(民法601条)という契約関係にあるのです。原則として賃貸借契約であることはマンションやアパートの居住者と、店舗・テナント・飲食店の経営者とで契約内容は変わりません。
但し、百貨店やスーパー等のテナントであったり、ショッピングモールで通路を借りてショーケースを出している場合は契約根拠が異なる場合があります。このような場合でも立ち退き料請求は可能ですが、賃貸借契約であるかを巡って争いになる場合もあるので注意が必要です。
1.-(2) 借地借家法による強い保護
さらに賃借人は、民法以外にも借地借家法という法律により強く保護されています。理由は、建物を借りて住んだり、商売をするということが、人が生活したり経済活動をするうえで重要な基盤となる契約であるからです。
建物を借りている場合は借地借家法の適用対象となります。また、土地を借りている場合は、土地上に建物を建てている場合は原則として借地借家法の適用対象となります。
建物の賃借人を例にとると、大家が立ち退きを求める場合は、借地借家法26条1項に基づき、解約には期間満了の1年前~6カ月前までのあいだに更新拒否の通知がなされる必要があります。店舗・テナント・飲食店の経営者は手続上の保護が与えられており、1か月後に出ていけ等と突然言われることはありません。
また、大家は自由に更新を拒否できる訳ではありません。更新拒否をするためには、借地借家法28条に基づき、更新拒否の正当事由が必要です。
1.-(3) 立ち退き料は正当事由の補完要素(借地借家法28条)
借地借家法28条には、以下のように規定されています。
「建物の賃貸人による…(更新拒否の)通知又は…解約の申入れは、建物の賃貸人及び賃借人…が建物の使用を必要とする事情のほか、建物の賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況及び建物の現況並びに建物の賃貸人が建物の明渡しの条件として又は建物の明渡しと引き換えに建物の賃貸借人に対して財産上の給付をする旨の申出をした場合におけるその申出を考慮して、正当の事由があると認められる場合でなければできない。」とあります。
財産給付の申出=立ち退き料
つまり、「建物の賃貸人が…建財産上の給付をする旨の申出をした場合」という文言が、立ち退き料を請求するための根拠となります。
重要なポイントは、法律上は必ずしも立ち退き料を請求することができるわけではないということです。立ち退き料はあくまでも正当事由の補完要素にすぎません。もっとも、私たちのご依頼者様はほとんどのケースで立ち退き料を獲得されています。実務上は原則として立ち退き料を貰えると考えて良いでしょう。
1.-(4) 賃貸借契約に「立ち退き料は支払わない」旨の定めがあるときは?
契約書の定めは無効です
借地借家法は非常に強い保護を賃借人に与えており、賃貸借契約で立ち退き料を支払わない等と定めていても無効となります。個々の契約で「立ち退き料は一切支払わないものとする。」といった文言を定めれば立ち退き料を貰えないのであれば非常に賃借人に対して不利益です。賃借人保護の観点から、借地借家法30条に基づき、そうした契約の文言は認められないようになっています。
なお、立ち退き料を請求するときに、同時に大家さんへ請求するものが「造作買取請求権(借地借家法33条1項、2項)」です。賃借人が大家の同意を得て建物の価値を向上させるような設備投資を行った場合は賃貸借契約終了時に当該設備を時価で買い取らせることができます。しかし、この規定は任意規定というものであり、借地借家法37条に基づき特約を賃借人と締結することで排除できます。従って、造作買取請求権はない旨の文言があるときは、貰える金額が少なくなる場合があります。
2. 立ち退き料請求の法律相談
立ち退き料を請求した場合は弁護士に法律相談をするか迷われるかもしれません。大家が提示する立ち退き料が納得できる金額であれば、次の場所を決めて引っ越し作業をすればよいのです。
2.-(1) 弁護士相談で立ち退き料は5倍~20倍にも
しかし、立ち退き料を数多く取り扱う私たちの経験によれば、大家が提示する立ち退き料は著しく安いことがほとんどです。弁護士に依頼をすれば、提示金額の5倍~20倍程度の立ち退き料を得られることは少なくありません。
一般的に大家が提示する立ち退き料は月額家賃の6か月分程度ですが、弁護士が増額交渉をすれば店舗・事務所・飲食店等の利用形態にもよりますが月額家賃の数十か月から100か月程度を得られるからです。
2.-(2) 立ち退き料交渉がスムーズに
大家から提示された立ち退き料に納得ができなかったり、賃貸借契約書上の文言や立ち退きの正当事由があるとして立ち退き料を拒否されたときには弁護士に相談すべき案件であるといえるでしょう。
弁護士に相談すれば、このような不安をお持ちかもしれません。
・弁護士に依頼すれば相手も弁護士を立てて揉めそう
・弁護士=裁判? 裁判は嫌だなぁ
・弁護士費用で損をするのではないか?
弁護士に依頼しても円満に解決
しかし、弁護士に相談することを恐れる必要はありません。弁護士に依頼すればスムーズに交渉で解決できる場合がほとんどですし、弁護士費用を上回る立ち退き料増額が見込まれます。
弁護士は、法律に関するプロフェッショナルであり、弁護士に相談することで大家も下手な対応はできなくなります。大家との間で停滞していた話し合いが、弁護士に相談することで一気に解決まで進むということも少なくありません。
また、弁護士費用の不安から自分のみで立ち退き料を請求しようとする方もいます。もちろん大家との間で早期解決ができる場合は良いのですが、少しでも揉めた場合は要注意です。
あなたは法律の専門家でないのに対し、複数のビルを所有する大家や不動産業者は基本的に立ち退きに関して一枚上手です。自分で立ち退き料請求を行うと、大家との交渉もスムーズに進まなかったり、大家や不動産業者からなめられて丸め込まれることも少なくありません。最後まで話がこじれて裁判になってから最終的に弁護士に相談・依頼することになり、余分に手間や費用がかかるケースも多いのです。
3. 弁護士に相談するときに必要なもの
3.-(1) 説明するべき事情
まず弁護士に対しては、立ち退きを求められてからの事実経過、相手が主張する立ち退き理由や(提示があった場合は)立ち退き料の金額を整理することが必要です。また、立ち退きに関してご意向があればその点もお伝えください。
可能であれば事実経過をまとめた書面があれば、弁護士に何があって、どのようにしてほしいかといったことを明確にできるのです。もっとも書面は簡単なもの(A4用紙2~3枚)で十分です。十数枚も書面を用意される方もいますがかえってポイントが分かりにくくなります。また、このような書面を用意できなくても問題ありません。
3.-(2) 持参するべき資料
立ち退きを弁護士に相談するときの持参資料は以下のものが考えられます。
・賃貸借契約書
・立ち退きの通知書
・移転費用の見積書
・確定申告書や決算書2~3期分
・同等物件の家賃相場の資料
とくに重要なのは賃貸借契約書です。賃貸借契約は個々の契約における条件を把握するために必要不可欠です。弁護士が把握すべき基本的事項は、あなたがどのような契約をしたのかという事実です。賃貸借契約の内容が記載されたものが賃貸借契約書ということになります。
資料は重要ではありません
しかし、実務上は賃貸借契約書すら締結されていないことも少なくありません。とくに長年営業している場合は最初の賃貸借契約書が紛失していたり、契約更新時の書類がなかったりします。最も重要な賃貸借契約書ですら、このような有様なので実は資料は重要ではありません。
弁護士に相談すれば資料が必要でなかったり、資料の集め方を簡単にアドバイスできることがあります。自分で資料を揃えられるまで弁護士に相談しないよりは、立ち退きを求められた段階で早めに弁護士に相談する方が良いでしょう。
3.-(3) 弁護士費用は不要
私たちに法律相談いただく場合は、まずは弁護士費用は不要です。弁護士費用の設定は法律事務所ごとに異なるものですが、法律相談の時間に応じて相談料が発生する場合は相談時間はできる限り短くした方が費用を抑えることができます。
しかし、これでは十分に内容を伺って適切なアドバイスができません。そのため、私たちは法律相談と見積りは完全無料で対応しております。まずは悩まず法律相談にお越しいただければと思います。
4. 立ち退き料請求の交渉と裁判
4.-(1) まずは交渉で解決
立ち退き料を請求する場合は、自分で行う場合はもちろん弁護士に依頼してもまずは交渉での解決を目指すことになります。大家から立ち退きを求められる場合は、賃貸借期間終了の1年から6か月前に立ち退きの通知がなされます。従って、立ち退きをするか、立ち退き料をどれぐらい貰えるかを交渉する時間は十分あるのです。
立ち退き料を請求する交渉は、裁判の見通しを踏まえて慎重に行う必要があります。裁判になった場合は立ち退き料をどれぐらい貰えるのかが重要です。なぜなら、立ち退き料の増額を求めたときに、大家側から開き直って裁判を起こされて負けてしまうと、元々提示があった立ち退き料すら貰えないリスクがあるからです。
4.-(2) 裁判で解決をする場合
個別具体的な事情によってになるかは異なります。大家の性格や、あなたがどのような方針であるか、立ち退きの正当事由があるか、立ち退きに至るまでの経緯などによって事案ごとの解決方法が異なるからです。
裁判になって敗訴すると立ち退き料が貰えないリスクや、裁判になった場合に追加で費用がかかることを考えると、裁判を回避したいと思われるかもしれません。しかし、裁判は避けたいという意図を相手に見抜かれると交渉が不利になります。
場合によっては裁判も辞さず徹底的に戦うという姿勢を見せることで、大家側が妥協して結果的にスムーズに交渉で解決できる場合も少なくありません。裁判で戦えるからこそ交渉が上手く行くのです。
4.-(3) 立ち退き期間を伸ばしたい場合
営業中の店舗・テナント・飲食店が非常に好調な場合は最初から裁判を前提に考えることもあります。裁判で徹底的に争えば2~3年程度は期間を要するため、立ち退き料の金額よりも立ち退き期間を引き伸ばしたい場合は裁判は有効な手段と言えます。しかし、裁判になった場合は追加費用や遅延損害金の出費が増える一方で、立ち退き料は低額になる傾向があります。2~3年営業を続けるために、月額家賃数年~10年程度の立ち退き料を失うことについては慎重に判断をするべきでしょう。
5. まとめ
この記事では立ち退き料請求の流れや交渉・裁判について解説しました。大家に立ち退き料を請求する際には、法律についても確認すべき点が多くあります。法律上の根拠を把握していると、不当な請求をされた場合にも臆せずに、主張すべきことを主張できるようになります。
当事者で話し合いに決着がつかない時には弁護士の相談を有効活用しましょう。また、話し合いの前提としてあなたの事案で立ち退き料の相場を知るためにも、立ち退きを求められた直後から弁護士に相談することも考えられます。
とくに常連客がいる店舗や飲食店では移転をすることは、経営状況やひいては生活の根幹に関わることであるため、不当な金額での立ち退きはしないよう慎重に対応するべきでしょう。