貸主(大家)から突然「退去してほしい」と言われても、借主(テナント)がすぐに応じなければならないとは限りません。立ち退きの可否は、契約の種類(普通借家か定期借家か)・通知の時期・正当事由の強さなどで大きく変わります。
このページは、主に事業用テナントの借主側に向けて、立ち退き要求を受けたときに「何を確認し、どう判断し、どう進めるか」を基礎から整理します(居住用の賃貸は共通点もありますが、扱う論点が増えるため本ページでは最小限の言及に留めます)。
- 最初に見るのは契約書(普通借家/定期借家)と、貸主からの通知書面(期限・理由)
- 普通借家では、貸主が更新拒絶や解約をするのに正当事由が問題になりやすい
- 退去する場合でも、移転費・内装費・営業への影響などを踏まえ、条件(時期/金銭/原状回復)を交渉で詰める
- 拒否しても直ちに追い出されることはなく、最終的には裁判→強制執行の手続が必要
- 「立退料ゼロ」と言われるケースもあるため、前提(契約違反・定期借家満了など)を切り分ける
「立ち退き要求」が出る典型パターン(借主側の前提整理)
借主が直面する「立ち退き要求」は、法律上は大きく次のパターンに分かれます。どのパターンかで、争点(何を主張・立証するか)も、立退料(立ち退き料)の位置づけも変わります。
- 更新拒絶(契約期間満了で終わらせたい):普通借家では通知期限と正当事由が問題になりやすい
- 解約申入れ(期間の定めがない契約などを終わらせたい):通知から一定期間経過後に終了を主張されるが、正当事由が争点になることがある
- 契約解除(賃料滞納・用法違反などの契約違反):違反の有無・程度が中心。立退料が出にくい方向になりやすい
- 定期借家の満了:満了で終了する設計のため、普通借家とはルールが異なる(ただし要件・手続の不備が争点になることも)
- 合意解約(話し合いで退去条件をまとめる):実務では「最終的に合意で終える」ケースが多く、条件設計が重要
ここでのポイントは、「退去する/しない」の二択ではなく、「どのルートで、どの条件で終わるか」が本質になりやすいことです。
まず確認すべき3点:契約書・通知・理由
立ち退きの初動で確認するべきものは、実はシンプルです。順番に見るだけでも、危ない判断(早期合意・不利な書面化)を避けやすくなります。
契約が「普通借家」か「定期借家」か
普通借家か定期借家かで、満了時の扱いが大きく違います。普通借家は借主保護が強く、満了しても当然に退去義務が生じるわけではありません。一方、定期借家は満了終了を前提に組まれているため、普通借家と同じ感覚で対応するとズレが出ます。
定期借家かどうかは、タイトルだけでは分からないことがあります。契約書に「定期建物賃貸借」「更新がない」などの明記があるか、締結時の説明書面など、形式面も含めて確認します。
貸主の通知は「いつ・何を・どう伝えているか」
更新拒絶や解約の場面では、法律上、通知の時期(例:満了の1年前〜6か月前など)が重要になることがあります。通知が口頭だけ/時期が遅い/内容が曖昧、という場合は、貸主の主張どおりに契約が終わるとは限りません。
書面(通知書、内容証明、メール等)を保存し、日付・名義・理由・退去期限・立退料の提示の有無を一覧化しておくと、交渉の土台になります。
理由は「正当事由」になりそうか(なりにくいか)
貸主が挙げる理由はさまざまです(建て替え、自己使用、売却、再開発など)。ただ、普通借家の更新拒絶・解約では、理由がそのまま通るとは限らず、借主側の事情(営業の必要性、代替物件の見つけやすさ、これまでの経緯など)も合わせて評価されます。
正当事由の考え方は別ページで詳しく整理しています:借地借家法の正当事由とは?
3. 普通借家の基本:『正当事由』+『手続』が揃わないと立ち退きは決まりにくい
普通借家では、建物賃貸借は継続が原則とされ、貸主の都合だけで一方的に終了させにくい設計になっています。そのため、更新拒絶や解約を主張するには、一般に次の2点が問題になります。
- 手続(通知期限など):いつ、どのように更新拒絶・解約の意思表示がされたか
- 実体(正当事由):貸主・借主の必要性、建物状況、賃貸借の経緯、そして立退料の申出などを総合して判断される
つまり、借主側としては「正当事由が弱いなら争う」「争うのが現実的でなければ条件を詰める」という整理がしやすくなります。
定期借家の基本:満了終了が原則でも、確認ポイントはある
定期借家は、更新のない契約として設計されているため、満了で終了するのが基本です。ただし、だからといって『何も確認せずに退去する』が正解とは限りません。
- 契約が定期借家として有効に成立しているか(書面・説明等の形式面)
- 満了に向けた事前の通知が適切に行われているか(期間に応じて要件が問題になることがある)
- 貸主の提示条件(退去時期・原状回復・金銭等)が、借主側の損失を踏まえた内容か
定期借家では立退料が法律上当然に発生するわけではありませんが、事業の移転コストや営業への影響は現実に発生します。条件交渉の材料は作れます。
立退料(立ち退き料)は必ずもらえる?『もらえない/ゼロ』と言われる典型
立退料は、主に正当事由を補完する役割を持つため、ケースによっては「提示なし」「ゼロ」と言われることがあります。ゼロ提示が直ちに適法・違法と決まるわけではなく、なぜゼロなのか(前提)を切り分けることが大切です。
- 借主側の契約違反が大きい(長期滞納、重大な用法違反など)
- 定期借家の満了で、手続も整っている
- 建物の危険・老朽化が深刻で、貸主側の必要性が強いと評価されやすい
- 一時使用など、借地借家法による強い保護が及びにくい契約類型
ゼロ提示への具体的な考え方や、主張の組み立て方は、こちらで整理しています:立ち退き料がもらえないケースとは?
応じる場合も、争う場合も:交渉で詰めるべき『条件』の基本セット
立ち退きは、最終的に合意で終えるとしても、書面に落とす条件が不十分だとトラブルになりがちです。最低限、次の論点はセットで考えます。
- 退去時期:いつまでに明け渡すか(繁忙期・工事期間・移転準備を踏まえる)
- 金銭:立退料(移転費・内装費・営業補償などの考え方)/支払時期/支払方法
- 賃料・共益費:退去までの賃料の扱い(減額・免除の交渉余地がある場合も)
- 原状回復:どこまで戻すか、造作や設備の取り扱い、見積りと精算
- 合意書条項:清算条項(これで終わりか)、違約金、明渡し確認、秘密保持の要否など
立退料の意味や「何が含まれるか」の基礎は、次の記事で詳しく解説しています:立ち退き料とは?
交渉そのものの進め方(資料・期限管理・増額のポイント)は、別ピラーでまとめています:立退料の交渉・増額
立ち退きを拒否したらどうなる?『すぐ追い出されない』一方でリスクはある
借主が同意しない限り、貸主が自力で鍵を替えたり、無断で建物を壊したりして追い出すことはできません。退去を実現するには、通常、交渉→(必要に応じて)調停→訴訟→強制執行という段階を踏みます。
ただし、拒否を続ければ必ず得になるとも限りません。たとえば、裁判で明渡しが認められる方向に進むと、十分な立退料を得にくくなる(あるいは条件が厳しくなる)こともあります。時間経過で状況が変わり(老朽化の進行など)、貸主側の主張が強くなるリスクもあるため、戦い方の設計が重要です。
拒否〜裁判までの流れと注意点は、こちらで整理しています:立ち退き要求に応じないとどうなる?
基礎編:関連ページ(深掘りはこちら)
このページで扱った論点は、個別事情で結論が変わりやすいものばかりです。必要なところから深掘りできるよう、基礎編の関連記事をまとめます。
まとめ:立ち退き対応は『前提の切り分け』と『条件設計』がカギ
最後に、基礎として押さえておきたい要点をまとめます。
- まずは契約類型(普通借家/定期借家)と通知書面(期限・理由)を確認する
- 普通借家の更新拒絶・解約では、手続+正当事由が揃うかが中心になる
- 立退料は一律ではなく、移転費・内装・営業への影響などを具体化して交渉する
- 拒否しても直ちに退去義務は確定しないが、時間経過で不利になることもある
- 合意するなら、退去時期・金銭・原状回復・合意書条項までセットで詰める
(参考)全体像は親ピラーにまとめています:立退料請求(借主側)
解決事例でイメージを掴みたい方は、こちらも参照できます:解決事例一覧